クリムゾン レイヴ4

入り口からやや離れた車両の奥。男の腕が後ろから香苗を抱きしめた。
「一体どうしとったんや?突然おらんようになってもーて。心配したで?」
ほんの少し安堵したような響きは、逃げたと思っていた獲物が帰ってきたから。警察にでも駆け込まれたらどうしようかと内心焦っていたのだ。
「ごめんなさい・・。少し・・具合を悪くしとって・・。」
「いや、ならええねんけどな?」
薬を遣いすぎたか?だとしたら少し加減しなければまずいな。
男が考えたのはその程度のこと。
「まあ・・もう戻ってきたことやし、ええけどな。」
早速、という感じで男達の手が伸びてくる。薄いコートの下、弄る男達の手が一瞬とまった。
「なんや・・。すっぽんぽんやないけ・・。」
すぐに驚いたようなその表情はいやらしい笑みへと変わる。
「サービスええな?」
香苗は瞳を伏せた。後は男たちを受け入れるだけ。
電車の中の10数分。香苗は黙してただの人形となった。

いつも使う公衆トイレの裏。男たちは10分程度で収まるわけもなく、当然のようにそこに香苗を連れて行く。もはや人目も憚らずに、血走った目で香苗を取り囲んで引きずるように。
「あん・・んふ・・ん・・んん・・・。」
「うぉ・・いい・・・・。く・・・。」
「ごっつええ・・・うっく・・・」
前と後ろから一人ずつが犯し、残る二人を手で扱きあげる。
ぐぷっ・・・ごぷっ・・・
限界まで広げられた穴は男達が出入りするたびに注ぎ込まれた欲望と、香苗自身の快楽の証をかき混ぜては押し出していく。二つが混ざり合ったものが滝のように溢れ、香苗の白い足を伝い落ちていった。
「うう・・っ。」
右手の中で男がぶるぶるっと震えた。同時に、熱い白濁がどくんどくんと吐き出されていく。荒い息をついて男は香苗からふらふらと離れた。
「うぉっ・・・。あかんっ。」
後ろでも男がうめいた。同時に直腸に何度目かの精液が吐き出される。香苗の乳房を潰さんばかりに揉みしだいてその快楽に耐えると、男はぐったりと公衆トイレの壁にもたれかかった。やがて、力を失ったペニスがにゅる・・とアナルから吐き出される。憔悴しきったようにすら見えるのに、それでも香苗の体に執着があるのか、その背中を舌で舐め上げる。
「うぉ・・・。」
「くぅっ・・。」
秘裂と左手を犯していた男たちもほぼ同時に呻き声を上げ、果てた。香苗の白い太腿にどろりとした白濁がかかり、揃ってよろよろと香苗から離れる。
すでに日はかなり高い位置にある。不思議なことに、これだけ犯し放題犯しているというのに、誰も通りかかる気配がない。もっとも、男たちにその異常な状態が気づけたかどうかというとかなり疑問だが。長時間犯しつづけ、もはや精も根も尽き果てたろうというのに、男たちはまたも香苗の体に群がった。自分たちの放出した液体で穢れてしまった香苗の体を清めるでもなくただぺろぺろとむしゃぶり舐める。胸のふくらみも、その先端の突起も、華奢な腕、すんなりと伸びた足。侵されつづけた割れ目。受け入れることに慣れたアナル。
「あん・・ん・・・あ・・・。」
頬を紅潮させて香苗が細く喘ぐ。指を膣に突き入れられながらクリトリスをしゃぶられると、どうしようもなく腰が震えて追い立てられる。
今の香苗にリミッターは存在しない。
イイ・・・イク・・・
すぐに背中をのけぞらせると、がくがくと体を震わせて達した。それでもまだ肌を舐める男たちに虚ろな声が尋ねた。
「満足・・しました・・?」
男たちは香苗の肌を舐めはするもののペニスへの反応はすでにない。さらに虚ろな声が尋ねる。
「満足・・した・・・?」
ぼんやりと香苗の肌を舐めながら男たちは頷いた。うっすらと香苗の唇に笑みが浮かぶ。
「そう・・良かった・・・。」
細い手が自らの胸を揉みしだく男の胸へと潜り込む。
ボキィッ・・・グチャ・・・・
「ぎゃぁっ!」
香苗の指がありえない力で肋骨をへし折り、そのまま指を突き込んで肺を握りつぶす。
ゴボッ・・・・
男が大量の血を吐き、その場に屑折れた。ぼんやりとその様子を見たほかの男達の目に、徐々に正気が戻り始める。
「あ・・あわ・・・・。」
「ひ・・・。」
うっすらと笑みを湛えたまま香苗の手が無造作に伸びると、驚愕に顔をゆがめる男の喉をがしっと掴みあげる。
「半年分の御代ですわ。これでも出血大サービスやねんで?」
笑みを含んで呟くように言うと、ぐっと香苗の手に力が篭ろうとした。そのとき。
「我、言の葉の節理を知るもの。我が言は汝が言。『解け!』」
他に誰もいなかったはずのその場に響く凛とした声。その声とともに香苗に異変が起こる。
「え・・・?」
驚愕に満ちた呟きとともに香苗の手が男の喉からするりと抜け落ちた。
「げほっがっ・・ぐ・・ごほっ・・」
開放された男が一気に咳き込み、凍りついたように動けなかった男達がようやく動きを取り戻す。
「ひ・・ひいっ・・助け・・・・」
腰が抜けたようになりながら各々に下半身は剥き出しの情けない格好で逃げていく。
「あ・・・。」
「『止まれ!』」
追いかけようとした香苗をその声は縛りつけた。
どくん・・・・
体の中で蠢く何かが熱くどろどろとしたものを掻き立てる。
どく・・どく・・・
それはすぐに憎悪へと変わり、ぼんやりとしていた瞳が充血してつりあがっていった。
「誰・・・?あたしの邪魔するんは・・。」
声は、香苗のすぐ後ろから聞こえた。
「振り回されるな。『それは、君自身の憎しみじゃない。』」
言葉に込められた波動。それに刺激されたかのように香苗がばっと振り返ると一人の少年が佇んでいた。黒い皮ジャンに左手には黒い皮のグローブ。右手の甲に紅く浮き出すのは五芒星。ブラックのスリムジーンズ。短めの黒髪をかきあげ、少年は言葉を繋いだ。
「見つめなおせ。『君はその憎悪を持っていなかったはずだ。』」
「ちゃうわっ。あたしは自分の意思でやつらに天罰を与えてやるんやっ!」
ひゅっ!
到底武術とは縁がないはずの香苗が鋭い突きを少年の顔面に繰り出した。
「違うよ。それは君以外の存在が育て上げた闇だ。君のものじゃない。」
残像が残るほどに早いそれを少年の掌が受け止め、受け流すと捻り上げて香苗を腕の中に抱きこむ。
「かわいそうに・・・。」
「なんでやっはなせっ!どうせ男にはわからへん!あたしの痛みなんてわかるわけがないんや!」
悲痛な叫び。血を吐くようなその叫びに少年の眉が僅かにしなる。
「・・そうだな・・・俺にはわかんねえや。だけど、過ちを犯したものの悲しみはわかる・・。」
少年の手の五芒星が仄かに光を帯びた。まるで痛みを堪えるように少年が唇を噛み締め、香苗を後ろから抱きしめる。
「『在りし姿にもどれ』」
パシュッ
少年の言葉に惹かれるように五芒星から放たれた紅い光が蛇のように絡みつき、香苗の体を押し包む。
「あ・・あぐぅ・・う・・うううぁ・・・っ!」
少年の腕の中で香苗が悶え苦しむ。その様はまるで、紅い蛇に犯されているようにも見えた。
「ぐあ・・・あ・・ひ・・・ぎゃああっ!」
魂消るような悲鳴をあげて香苗ががっくりと崩れると、その体を少年がしっかりと抱きとめる。
「ごめん・・・。でも・・苦しいだろ・・・?」
ぽつんと地面に一滴紅い染みが落ちる。2、3滴落ちたそれは、すぐに染み込んで、ただの黒い点となった。
「相変わらず邪魔が好きなようだな。」
背後から聞こえる声に少年はにやりと笑った。誰もいなかったはずのそこに長身の、黒ずくめの男が立っていた。
「まあ、それが役目なんでね。」
振り向かずに答えると、左手のグローブを静かに外し始める。
「大人しくしていればいいものを・・。」
無表情に呟くと、男は滑るように少年に歩み寄る。
カカッ
右手に香苗を抱えたまま、瞬時に振り返った少年の左手から現れた光の盾が男の右手から現れた黒い刃を阻む。
「食事し損ねたからって拗ねるなよ、おっさん。」
そのままぐいっと刃を押しやると鋭い一声をかける。
「『跳』!」
力ある言葉とともに公衆トイレの屋根の上に飛び上がる少年の足元を刃が掠めた。
「『疾』!」
男の言葉が終わるか終わらないかの内に刃が手を飛び出し、少年の胸めがけて飛ぶ。その後を追うように男が跳躍し、新たに生まれた刃が少年向かって振り下ろされた。
「おっさん、甘いんだよ!」
ザシュッ!キンッ!
少年の右肩から血がしぶき、男の刃を少年の盾が薙ぐように振り払う。そのまま左足が風を切って男の胴を襲う。
ヒュッ・・ザクゥッ
少年の足が男のコートを鋭く切り裂く。本体へのダメージはないが、男の動きはそこで止まった。
「む・・。」
無表情に唸ると、男は軽く公衆トイレの屋根を蹴り、地面に降り立つ。
「・・・次は貰う。」
その言葉は何処から出たものか。男は唇を開かないままに言葉を残し、霞むように消え去った。
「次もやるかよ。ばぁか。」
ふわりと地面に舞い降り、けっと毒づく少年の腕の中で香苗がもぞりと動いた。
「う・・ん・・・・。」
香苗の小さな呻き声に、少年の表情が引き締まったものに変わる。そして僅かな悲しみ・・。
「・・・気がついたか・・?」
「・・・あたし・・・・。」
ぼんやりとした表情で顔を上げた香苗の頬には、血の涙が流れた跡が紅く残っていた。しばらくぼんやりと少年の腕の中で考え、血に染まった自分の手をぼんやりと見る。途端にその表情が驚愕と絶望に彩られる。
「あ・・あ・・・ああ・・・あ・・あ・・・・。」
あまりの混乱に声は意味をなさない。半狂乱になって自分の髪をかきむしり、目から滝のような涙を流しながらあらぬ方向を見つめる香苗を少年はきつく抱きしめた。
「違う・・・違うよ・・・。君のせいじゃない・・。違うんだ・・。」
「あ・・・あたし・・あたし・・人・・殺して・・・・。」
混乱してがくがくと震えながら香苗がくり返し呟くのになだめるように背中を撫でながらしっかりと抱きしめる。
「違う・・君が悪いんじゃない・・。君は操られていただけなんだ・・。」
少年のくり返し囁かれる言葉に徐々に香苗の体の震えは小さくなっていく。それでも簡単には止まることはなく泣きながら少年にしがみ付いているのを優しく宥めて落ち着かせていく。
「いいかい?『このことは忘れるんだ。君は、人を殺してなどいない。』」
自分の言葉が理に反していると知りつつ少年はそう言わずにはいられなかった。
・・この子の本心じゃなかった・・それだけは本当なんだ・・・。
震えていた香苗が一瞬呆けたような顔になり、小さく頷く。その顔を丁寧に拭ってやると、落ちていたコートを拾い上げ、着せてやる。
「行くんだ。ここを出たら『忘れる』」
まるで少年の言葉に導かれるように香苗は人気のない公園をふらふらと出て行った。それを見送りながらとんと公衆トイレの壁に凭れかかる。
「所詮・・・俺たちは傷までは救えない・・・・。」
きゅっと唇を噛み締めると、ポツリと最後の言霊を開放する。
「『開け』」
それまで人の気配が皆無だった公園に、途端にざわめきが戻った。

傷は救えない・・・。
そう言った少年の言葉が現実となったのは、それから10日の後だった。
  『23歳OL海で投身自殺』
小さく載っていた新聞記事をやりきれない表情で眺めると、くしゃっとその新聞を握りつぶし、座っていたベンチの脇において溜息をついた。
「悔しいよな・・・・。」
呟いた少年の後ろから、するりと細く白い腕が首に絡まる。
「漣(れん)、また落ち込んでるの?」
「・・・まあな。」
ぴったりとした黒いワンピースは膝上20センチ。その上に白いファーのジャケットを羽織った少女が漣の隣にちょんと腰掛け、軽く足を組む。足には流行りの厚底ブーツ。しかもラム皮とくる。
「仕方ないわよ。人にはそれぞれできることに限界があるんだから。」
あっさりといいながら黒く長い髪を指先でくるくると弄くる少女に視線も向けずに漣はソファの背もたれに体を預けた。
「わかってるよ・・・。そんなことは・・・。」
「わかってない。だから落ち込むんじゃない。」
そういうと少女はぴとっと漣にくっつく。人通りがそれなりにある街道沿いのベンチ。漣は慌てて少女を引き離した。
「やめろよ、操。こんなとこで。」
心なしか赤い漣の頬をつついて少女がくすりと笑う。
「今更なのにかーわい♪それよりもっと考えなきゃいけないことがあるでしょ?」
「まあ、そうだな・・。」
ポリポリと頭を掻いて苦笑する漣の頬に少女が悪戯っぽくキスをする。
「じゃああたし、『お仕事』してくるわ。またね、漣。」
元気良く手を振って去っていく操を苦笑交じりに見送ると、漣は隣のベンチにちらりと視線を走らせた。
救いは・・・あの人までは憎悪に捕らわれて馬鹿なことはしそうにないってことだな・・・。まあ、やつの目的は女だけだから余計な心配だろうけど・・・。
小さなため息を一つつき、ジーンズのポケットに手を突っ込むと、肩をすくめるように漣はその場から歩き去っていった。

「警察にも限界はあるけどな。せやけど、俺個人は出来る限りやるつもりや。せやからあほなことは考えんといてや。」
肩を掴む手がやけに重い。これは、俺を理性に繋ぎとめる枷やろうか。そんなことを勇真は考えた。
「・・わかってます・・・。」
「復讐はなんも生み出さん。姉さんのためにもならへん。ええな?」
「・・わかってますよ・・。」
繰り返される言葉はあくまでも静かに響く。だが、青年の瞳には昏い影が落ちていた。
わかってるよ・・姉さん・・・。
そう。それが何の救いにもならないことはわかっていた。
せやけど。
ただで済ますつもりはない。何年かかっても、確実に復讐はする。
法の手を借りればええだけや。これ以上はない証拠・・押さえたる・・。
そのために自らが闇に手を染めても・・・・。

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