それぞれの聖夜(イヴ)〜憧憬外伝〜
賑わう町。クリスマスソングに、色とりどりのイルミネーション。
今年は残念ながら雪は降らなかった。
「でも・・去年よりは寒いかな。」
白く凍る息。抱えた荷物は重いけど、足取りは軽い。
電車を待ちながらちらりと腕時計に目を走らせる。
バイトが終わったのが6時。忙しいのを頼み込んでそのままあがらせてもらい、店に駆け込んだのだ。
バイト代をほとんどつぎ込んだけど、胸はほかほかとあったかかった。
・・・喜ぶかな・・・。
今から笑顔を思い浮かべて頬が緩む。
驚くかな・・・。
今日はバイトだって言ってある。
少し寂しげな顔をして、それでも頷いていた。
『ん・・・待ってるね。』
その瞳を思い出してきゅんと胸が疼くのを感じた。
・・・やべ・・・。
なんとなく気恥ずかしくなって一人笑みを浮かべると同時に電車が滑り込んできた。
ぎゅうぎゅう詰めの車内に大量の荷物ごと乗り込んで深呼吸をした。
・・・今・・帰るよ。唯・・・。
ふと、思い出す。
高校三年の秋、始めて大喧嘩をした。
弘毅が志望する大学は理系で離れた県にあって、唯が志望するのは文系の近いところだった。
どちらも、自分のために譲れない。それで距離が開いたとしても。
『・・弘毅君が諦めるのはいやだから・・・待ってる・・・。』
その時の唯の泣きそうな顔を思い出すたびに胸が痛んだ。
だけど、その唯を守るために弘毅はどうしても譲れなかった。
離れたいわけがない。
だけど、そんな甘さに流されては唯を守ることなど到底できない。そう思ったからこそ、頑として進路を曲げなかったのだ。
結局、駄目もとで唯が受けていた大学が弘毅の合格した第一志望大学に近かったことが幸いした。
「・・あの時は・・・唯が俺の所にきてくれたんだっけ・・・。」
思い出すほどに胸が苦しくなるほどに愛しいと思う。
あれから8年。
思いは強まりこそすれ、決して弱くなることなどなかった。
『例えばだよ・・。忘れることってのはできないだろう?だけど、傷に触れないで守ってやることはできる。ずっと井川を見る目を変えずに、側にいてやることもできる。でもそれには、かなりの覚悟と根性が必要だよな?お前にそれがあるか?』
覚悟も根性もいらねえ・・。
窓の外の流れる景色を眺める。暗がりに町の明かりが光るだけだけど、もうすぐ降りる駅だ。何時の間にか少なくなっていた人ごみを掻き分けて弘毅はドアの近くに立った。
好きだ・・。
それだけしかねえな・・。今も・・。
ドアが目の前で開いた。
白く光る息を掻き分け、弘毅は暗闇の駅に降り立った。
「弘毅・・君・・・?」
ドアの向こうに荷物をたくさん抱えた弘毅を見てまだ幼さの残る清楚な顔立ちが驚きに満ちる。
「よ。メリークリスマス!」
白い息を弾ませて挨拶する弘毅にやっと驚きが笑顔にとって代わる。
「遅くなるって聞いてたから・・まだお料理途中なの。どうぞあがって。」
暖かい部屋に上がって相変わらず片付いたカーペットの上に腰を下ろす。女の子の一人暮らしらしいこじんまりとした1DKの部屋。
もう何回も来たのにどこか緊張してしまうのは弘毅がそれなりに成長したからかもしれない。
いい匂いが部屋中に漂っている。
料理をする唯の後姿に思わず見とれる。
・・・いっつも見てんのにな・・。
「・・・弘毅君?」
唯の声にふと気がつくと、小さなテーブルの上には所狭しとご馳走が並んでいた。
唯に見とれてぼんやりしている間に全ての準備は整ったらしい。
「うわ・・うまそ・・。」
「大食いサンタさんのためにちょっとがんばっちゃった。食べて。」
少し恥ずかしげにしながらも誇らしげにいう唯に弘毅は持ってきた荷物を取った。
「うん。さんきゅ。俺もさ、土産もって来たんだ。」
「お土産?」
きょとんとする唯の目の前で弘毅は持ってきた荷物の中からどんどんとシャンパンとケーキ、それからワインを取り出す。
「うわぁ・・すごい・・。」
サークルにも入っておらず、酒を飲む機会がほとんどない唯は弘毅といるときでもいつもジュースだ。
でも、今日くらいはいいだろう。
買って来たグラスを軽く洗ってぬぐうとそれにシャンパンをなみなみと注ぐ。
微笑む唯にグラスを一つ渡して微笑んだ。
「メリークリスマス!」
カチン・・
二つのグラスが触れ合う音が部屋に響く。
静かな、温かい時間が流れ出した。
「ぷはー・・・食ったぁー!!」
カーペットの上にごろんと転がってパンパンの腹を撫でると弘毅は大きく息を吐き出した。
あれだけあった料理は綺麗に弘毅の胃の中におさまってしまっていた。あの細い体のどこにと思うほどに。シャンパンも大半は弘毅が飲んだし、ケーキもほとんど弘毅の胃の中だ。さらに言うならワインのコルクまで抜いてしまっていた。
「弘毅君、本当によく食べるもんね。」
くすくすとそう言って笑う唯の頬もほんのりと赤い。シャンパンを舐める様にほんの少し口にしただけなのにその瞳はわずかに潤んでいた。
とくん・・・
その瞳に思わず鼓動が高鳴る。
やば・・・唯が酔うと色っぽくなるんだ・・。
8年付き合っていても労わるようなキス以外弘毅は唯に触れてはいない。
抱きたいという気持ちはもちろんある。
やりたい盛りの年頃だ。ないわけがない。
だけど、それよりももっと、大事にしたかった。
あれだけ傷つけられた唯を自分の手で大事に守りたかった。
だけど・・・。
唯の潤んだ瞳を見てしまうと自分の中のオスの部分が目を覚ましそうになる。
きつく抱きしめて、めちゃくちゃにしてしまいたい・・。
そんな衝動が胸を満たしそうになる。
ほんの少し焦って弘毅は身を起こすと、まだ開けてなかった大きな荷物から包みを出して唯に差し出した。
「これ・・。」
「クリスマスプレゼント。」
「・・・ありがとう。開けていい?」
唯の弾んだ声にも鼻の頭を掻いてぶっきらぼうに頷く。
抱えるほどに大きな包みを開けると、中から出て来たのは大きな熊のぬいぐるみ。
「これ・・・。覚えててくれたんだ?」
「お前がもの欲しがるのなんて珍しいしな・・・。」
照れたようにそっぽを向く弘毅ににっこり微笑んで唯は熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。大事にするね。」
「おう。」
やはりぶっきらぼうに頷く弘毅にくすりと笑うと大事そうに熊をベッドの脇に置いた。
「あのね・・。」
どことなく頬を紅くしたように見える弘毅に向き直ると唯は頬を染めて正座する。
「ん・・?どうしたんだ?改まって。」
「うん・・。あたしも、弘毅君にプレゼントがあるの。」
「俺に?へえ、何?」
「うん・・。」
曖昧に頷くと唯の顔がより一層紅く染まる。
それは酔いのせいというよりも羞恥の表情に近いものがあって弘毅は首を傾げた。
「ん?」
「えっと・・・目を閉じてもらえる?」
「おう、いいぜ。」
驚かせたいんだろうな。
そんな単純な考えが頭に浮かんで素直に目を閉じた。
パチ・・
かすかな音がして瞼越しの明かりが闇の世界に変わった。
ん?電気・・消したのか。
シュル・・スル・・・
布が擦れるような音に唯の息遣いがわずかに聞こえた。
去年は弘毅が欲しがっていた防水の腕時計をくれた。
今年は一体なんだろう?
唯のリサーチは実に巧妙で、言った覚えもないのに欲しいものをいつもくれるのだ。
だけど、今年は本当に何も言った覚えがない。
・・なんだろう・・?
それを想像するのもまた楽しい。
「弘毅君。目・・開けていいよ・・・。」
どこか恥ずかしげな唯の声にゆっくりと瞳を開いた。
「お・・・唯・・・?」
暗闇に目が慣れなくて目を瞬かせる。
照明はすっかり消されて窓から月明かりが差し込んでいる。
そのわずかな明かりの下。浮かび上がったものに弘毅は息を飲んだ。
「ゆ・・・・。」
煌々と差し込む白い月明かり。その明かりに銀色に浮かび上がったそれは、恥ずかしげに胸と股間を隠した唯の裸身だった。
「・・・弘毅君・・・あたしを・・・もらって・・・。」
かすれた声で言う唯の肩はカタカタと震えていた。
羞恥のあまりに弘毅の顔がまともに見ることができず、俯いている。
その美しい様を息をすることも忘れて弘毅は呆然と眺めていた。
その沈黙を嫌悪と取ったか、唯がますますうなだれる。
「初めてじゃないし・・・あんなことあった・・けど・・・。その・・弘毅君がいやじゃなければ・・・。」
唯の声は徐々に小さく途切れがちになっていく。
かなりの勇気を振り絞ったはずだ。
それは、弘毅が一番良く知っている。
「唯・・・。」
からからに渇いた喉をごくりと鳴らす。
どこまでも白い肌。丸みを帯びた胸元。ふっくらとした腰。
それら全てを投げ打って震えている。
愛しくないはずがなかった。
黙り込んだままの弘毅に不安を覚えたのか、唯の声に涙が混じる。
「・・そう・・だよね・・。あたしなんか・・・汚いし・・・。ごめん・・。弘毅君・・・。」
「唯・・。」
「いいの・・。わかってたから・・。弘毅君、優しいから・・・え・・・?」
カタカタと震えるその体を弘毅のたくましい腕がぎゅっと抱きしめた。
「いい・・のか?ほんとに・・・。」
「弘毅君・・・。」
涙交じりの震える声が状況を把握できずに呆然と呟く。
「馬鹿・・。唯が汚いわけないだろ・・?・・俺・・・傷つけちゃいけないと思って・・我慢して・・。」
唯を抱きしめる弘毅の腕に力がこもる。震えごと唯を抱きしめようとするかのように。
「・・・唯・・。ほんとにいいのか・・?俺・・もう、止まんない・・止まりそうにねえ。」
ただ、愛しい。
だから、抱きしめたい。
そのはずなのに、痛いほどに欲望が屹立する。
こんなに震えている唯を、優しく抱いてやれる余裕がありそうにない。
いやだといって止まりそうにもない。
でも、今なら・・。
「弘毅君・・・。お願い・・。抱いて・・・。」
「・・・・好きだ・・・。」
搾り出されるように呟く一言。そのまま、まだ震え続ける唯の唇を塞いだ。
いつもの労わるようなキスではない。
それは深く、貪るような口付け。
奪い取り、そして与える口付け。
くちゅ・・・ちゅ・・ちゅる・・・じゅ・・・
「ん・・んん・・ふ・・・・。」
「んむぅ・・・ん・・。」
溢れる唾液すら残さないようにすすり、飲み込んで舌を絡める。
口内の粘膜を余すところなく下でさすり、白く硬い歯ざわりさえも楽しんで弘毅はゆっくりと唯を押し倒した。
「弘毅君・・。」
震え、怯え、そして、愛しさ。
震える睫毛、見上げる瞳が全てを物語っていた。
トクン・・・
心臓が一つ飛ばしに脈打った。
「唯・・・。」
8年前、マンションから出てくる品川の憎悪に満ちた瞳を思い出した。
夕暮れの公園での口付けを思い出した。
「唯・・。」
「弘毅君・・。」
頬に口付け、首筋にその唇を這わせる。震える乳房をそっと壊れ物でも扱うように包み込み、柔らかく揉むとその体がびくんと震えた。
わずかに怯えが混じっている。
だけど、もう止まらない。
弘毅のたどたどしい愛撫が唯の胸を這い、恐る恐るその先端を吸い上げた。
「・・ぁ・・・。」
感じることを恥じるように唯の唇が引き結ばれる。
だが、それを気遣う余裕すらなく弘毅は唯の胸を優しく撫でながら舌を這わせた。
たどたどしい愛撫。たどたどしい息遣い。
それが、唯の中の何かを溶かし、粟立った肌を滑らかにしていく。
「あ・・弘毅・・君・・。」
月明かりの下、密やかな吐息とともに白い裸体が恥ずかしげにうねる。そのうねりを追いかけるように弘毅の指が、掌が、いとしむように肌を撫で下ろしていく。
「あ・・ぁ・・・・ん・・・。」
恥ずかしさに唯が両手で顔を覆っても弘毅の愛撫は止まらない。
舌が唾液のぬらぬらとした糸を引きながら胸から腹、臍を擽るように舐めて唯のうっすらとした茂みに吐息がかかる。
「弘毅君・・。」
恥ずかしさに唯が弘毅の名前を呼ぶ。
くちゅ・・・。
答えの代わりに、弘毅の指が茂みの下の密やかな割れ目に潜り込んだ。
「あ・・ぁあん・・・。」
すでにしっとりと潤ったそこが暖かなぬめりで弘毅の指を包み込む。
もっと見たい・・。
もっと感じたい・・。
当たり前の欲求に従って弘毅はそっと唯の太腿を押し開いた。
「や・・・。」
恥ずかしさのあまり思わず漏れた拒絶の言葉は一瞬弘毅の動きを止めた。
月明かりに随分精悍にはなったものの幾分少年らしさを残した弘毅の面差しが浮かび上がる。
「ごめん・・。」
ただ、呟くように一言。
それだけで、弘毅は唯の秘裂に指を伸ばした。
くちゅ・・ぐちゅ・・・ずりゅ・・・
「あ・・あん・あ・・う・・・」
止まらない。
確かに弘毅はそういった。
その言葉どおり、弘毅の指が愛液にぬめる襞をなで、擦り、膨らみ始めた突起を摘み上げる。
唯の背が快感に喘いでわずかにそりあがるのを見ると濡れそぼって淫猥な音を立てる秘裂に唇を寄せた。
「あ・・弘毅君・・・。」
恥ずかしさに唯が思わず閉じかけた足を押さえて舌がぴちゃりと泉の根源に触れた。
「唯・・どこがいい・・?どこが・・気持ちいい・・?」
「弘毅君・・。」
「どこが・・いいんだ・・?」
いたわりに満ちた声。
自分たちの『初めて』は気持ちよくさせてやりたい。
「弘毅君が・・触ってくれるなら・・あ・・・んん・・・どこでも・・。」
品川が体に触れたときにはおぞましさしか感じなかった。
それでも感じることに嫌悪した。
今は・・。
「弘毅君・・いい・・ぁ・・・。」
ぬるぬると襞を舌が弄り、愛液ごと突起をすすり上げる。時に強く、時に弱く。指を膣に差し入れ、くちゅくちゅとかき回しながら舌での愛撫も加えていく。
流れる愛液が唯の尻にまで流れるのを舌で舐めとりながら曲げた指で襞を擦り上げると唯の腰が震え、少し高い声があがった。
たどたどしいながら、それは弘毅の精一杯の愛情だった。
「ごめん・・唯・・もう・・がまんできねえ・・。」
胸の中に蟠る情欲に突き動かされるようにズボンの前を寛げて屹立を取り出し、苦しげに唯に覆い被さる弘毅を唯の震える手が抱きしめた。
「弘毅君・・・きて・・。」
どこまでも優しく。
どこまでも愛しく。
「・・・唯・・・。」
柔らかく温かい襞に硬いそれをあてがうと唯の唇から切なさとも愛しさともしれない吐息が漏れた。
「唯・・・好きだ・・。」
止まらないからか。
情欲に流されたからか。
それとも湧き上がる衝動に突き動かされたか。
かすれた呟きが弘毅の唇から漏れると同時。
ず・・ずちゅう・・・
「あ・・ぁああんっ!!」
華奢な体が反り返る。たわめられる眉。腕にこもる力。温かく包み込む温もり。
全てが伝えていた。
アイシテル。
コノヨノダレヨリモアナタガイトシイ。
「唯・・唯・・・。」
瞳の裏が赤く染まる。震えるほどの快楽。埋もれるほどの愛情。
獣となりそうな体。
焼ききれそうな理性。
全てが。
全て使って。
お互いを求めていた。
「ああ・・・やっと・・・・。」
一つになれた・・・。
「唯・・・唯・・っ!!!」
「弘毅君・・っ!!あ・・・あああっ!!」
ただ、イヴの白い月が見ていた。
やがて、月の吐息のように、白いものが舞い降りてきた・・。
「ホワイトクリスマス・・だね・・。」
「・・だよな・・。」
幸せな腕の中、窓から舞い降りる雪を眺める。
「来年も・・こうして過ごせたらいいね・・。」
「ばぁか。後100年はこうしてやる。」
腕の中のぬくもりを抱きしめる。
イヴの夜。
大切な思いとともに・・・。