とても、とても、いつも、ずっと

 先島弘毅という男はとてもさっぱりした、男気のあるいい男だった。
 成績も割りによくて運動もできる。
 少年らしさを残したその顔は元気な弘毅の内面を表すようにきらきらと輝いていた。
 そんな男がクラスの女子の視線を集めないはずはないし、友人が少ないはずもなかった。
 湯川怜子も、影ながらそんな彼を見つめる一人だった。
 今時の流行で、スカートが短いセーラー服に身を包み、肩より少し長めの髪が緩やかな秋の風に揺れている。どちらかといえばきつめの顔立ちの、どこか幼さを残した少女だ。
 夕闇迫る校庭のプラタナスの下。
 その下の石段を下れば、弘毅が走り回るグラウンドだ。ジャージ姿でボールを追いかける弘毅の姿を見つめるのは自分だけではない。
 他のプラタナスの下にも、そしてグラウンドへの石段にも、女の子はかなりの数がいる。
 ふと、怜子は視線をグラウンド脇のラインに視線を送った。
 そこに佇んで弘毅の練習風景を眺めているのは髪の長い少女。どこか冷たいような印象さえあるクールな顔立ちに、涼しげな目元。誰の目にも人形のような美少女だった。
 だが、今はその顔にとろけそうな笑みを浮かべて弘毅を見つめている。
 当たり前のように愛されて、当たり前のようにそばにいられる。
 知らず、怜子は奥歯を噛み締めた。ぎりっと耳障りな音さえさせて。
 あんな笑顔、壊してしまいたい。
 そこにいるべきなのはあたし。この、あたし。
「おー、こわ。せっかくのかわいい顔が台無しだぜ?」
 不意に背後からかけられた言葉に怜子は反射的にばっと振り返った。
 濃くなった夕焼けの中、怜子のすぐ背後に立っていた男がその勢いに一歩後ずさる。
 ただ、気圧されたという感じではない。
 少し長めの髪でガクランを着崩し、ポケットに両手を突っ込んで気だるげに立つその男に怜子は小さなため息をついた。
「小野君。いい加減にしてくれる?」
「いい加減諦めろよ。先島センパイはガキのころからずっと井川センパイとつきあってるって噂だろ? そうやって眺めるだけ無駄だって」
「ほっといて」
 小野と呼んだ男に冷たく言い放って校庭に向き直る。丁度、サッカー部の練習が終わったところらしく、後片付けが始まっていた。
 弘毅は丁度彼女と目される少女からタオルを受け取っているところだった。
 怜子の胸になんとも黒くていやな感情が生まれだす。
 嫉妬。
 毎日繰り返されるこの光景を毎日見ながら怜子は胸の中の嫉妬がもはやどうしようもないレベルまで育ってきつつあることを感じていた。
 二年生の弘毅はサッカー部の活動も今年一杯。
 難しい大学を狙っていると風の噂に聞いたことがある。そうなると、引退後に弘毅がこのグラウンドを訪れることはもうなさそうに思えた。
 ざっと背後で足音がし、後ろにずっといたらしい人影が自分に密着したことを知った。
「小野君……っ!?」
 振り返れば、すぐそばに小野の顔があった。鋭く研ぎ澄まされたナイフのように整ったその顔が息も触れ合うところで怜子を見つめている。
「俺と、付き合えよ」
「いやよ」
 何度も繰り返された会話。
 小野祐二という男はどうにも諦めが悪いらしい。もう、一月もこんな会話を繰り返していた。
「何度も言わせないで。あたし、先島先輩が好きなの」
「俺はお前が好きなんだけど?」
「関係ないわ」
 冷たく言い放って踵を返そうとした怜子の腕を祐二の手が掴んだ。
「放して」
 ただ、冷たい視線を送っただけで怜子は言い放った。
 すでにグラウンドには誰もいない。ここにはもう、用はないのだから。
「いやだ」
 その言葉と同時に重ねられた唇。
 だが、同時に怜子の手もすばやく動いた。
 パンッ
 乾いた音が響いて、叩かれた祐二の頬にわずかに朱が差す。
「放して」
 二度目。
 男はゆっくりとその手を放した。
 捕まれていた腕にわずかに痛みが残る。
「諦めない」
「あたしもよ」
 言い残して、怜子はグラウンドを後にした。

 それから時は過ぎ、季節は過ぎて春となった。
 怜子は二年に進級し、弘毅は三年に進級してグラウンドへ姿を見せることはなくなった。
 それ以来、グラウンド通いはしていない。
 その代わり、2年に進級してからというもの、ずっと放課後の図書館通いを続けていた。
 理由は簡単。弘毅が受験勉強で図書館を利用しているからだ。もちろん、その隣には常に唯がいる。
 そして、当たり前のように怜子のそばには少し距離をおいて祐二がいた。
 だが、祐二のことなど視界には入っていない。
 怜子が見つめ続けるのはただ、弘毅のみだった。
 憎い女とセットでないと愛する男を見ることができないというジレンマに怜子は苛まれていた。
 何であの女があの人の隣に……?
 そこはあたしの場所。
 とらないで。
 あたしから取らないで。
 倒錯した思いは狂気に導かれるように歪み、黒く膨らんでいく。
 今日も静かな図書館で、二人は隣同士で微笑みあっていた。
 語り合い、教えあう。
 そこに誰かが入り込む余地はない。
 それでも焦がれていた。
 その手はあたしのもの。
 その吐息はあたしのもの。
 その胸はあたしのもの。
 その、全て……。
 ボキッ
 力を込めて押し付けすぎたシャープペンシルの芯が、無残な音を立てて弾け折れた。
 見たいけど、これ以上は見たくない。
 そそくさと席を立ち、図書室を出た怜子の耳に、ふと、後から出てきた女生徒達の会話が掠めた。
『先島先輩、かっこいいよね』
『井川先輩も美少女だし、なんか悔しいけど仕方ないかなって感じ』
 何が仕方ないのよ。あそこにいるのは本当はあたしなんだから。
『でもさ、知ってる? 井川先輩のこと』
 一層潜められた声に思わず立ち止まり、耳を済ませてしまう。後ろを歩く女生徒たちは廊下を曲がってしまったらしい。慌てて怜子はその角に身を寄せた。
『井川先輩? え、何々?』
『噂なんだけどさ。小学校のとき、変態教師の玩具だったらしいよ』
『嘘っ。まじぃ?』
『ずいぶん前にさ、小学校の教頭が変なことして捕まった事件があったじゃん。井川先輩ってその被害者だったんだって』
『先島先輩、知ってんのかな?』
『さあ?』
 そっと壁際から身を放し、怜子は足早にその場を立ち去った。下足室に向かって一直線に。
 その唇に冷たい笑みが浮かぶ。
 ほら、やっぱりあの女はふさわしくない。
 弄られて汚れた身に、先島先輩が釣り合う訳ないじゃない。
 浮かんだ笑みの禍々しさが唇を一層吊り上げて見せた。誰もいない下足室で、怜子は声を殺して笑う。
 先輩にふさわしいのはあたしなんだから。

 その日の放課後、弘毅の姿は図書室になかった。ということはもちろん、唯の姿もない。
 半ばそわそわしながら壁の時計を見上げるとすでに一時間が経過していた。
 先輩、どうしたんだろう……。
 気になりだすともう、他の何も手にはつかない。怜子は席を立つと教室棟へと向かった。何かあって先に帰ってしまったのであれば図書館にいても無駄だからだ。三年の教室の前を通るのは少し緊張するが仕方ない。
 階段を上り、教室前の廊下に足を踏み出した怜子の耳にかなり取り乱した女子生徒の声が届いた。
「ねえ、どうしてもダメなの? あたし、弘毅君と離れるの、いやっ」
「唯。仕方ないだろ。俺、どうしてもあの大学に行きたいんだ」
 その会話だけで、声の主が一体誰なのかが分かってしまう。廊下に出るに出られずに怜子は階段の影に身を寄せた。
「……どうしても……近くの大学、受けてくれないのね……」
「受けるのは受けるさ。でも……」
「もう、いい」
「唯っ」
「もういいっ!」
 ばたばたと誰かが怜子とは反対方向に走り去るのが聞こえた。恐らく、会話の内容から察するに唯だろう。
 怜子はそっと廊下に足を踏み出した。教室の前の廊下に佇んで唯が走り去った後を呆然と見つめている弘毅の背中がそこにあった。いつもとは違い、その背中になんともいえないやるせなさが漂っている。その背中に引き寄せられるように、怜子は足を踏み出していた。
「先島先輩……」
 声をかけた怜子に弘毅が振り返る。どこか気まずそうな表情を、無理に繕って笑おうとしているのが痛かった。
「えーと……ごめん。うるさかったんだろ? 学校でする話じゃないよな、まったく」
 カリカリと鼻の頭を掻き、苦笑いする弘毅の胸に怜子は飛び込んでいた。余りに唐突のことで驚いた顔で怜子を受け止める弘毅を見上げて怜子は訴えた。
「あたし、二年の湯川怜子っていいます。先輩、あたしじゃダメですか? あたしだったら、先輩がどんなに遠くへ行ってもずっと好きでいられます」
「あ……」
 思いもよらなかった突然の告白に気圧され、弘毅は息を飲んで黙り込んだ。その隙に怜子はさらに言葉を重ねた。
「あたし、知ってるんです。あの人、小学校のときに変態教師に玩具にされてるんでしょ? そんな人、先輩にふさわしくないっ。あたしだったら……きゃっ!?」
 怜子の必死の訴えは唐突に弘毅に突き飛ばされて打ち切られた。
「いた……何す……」
 思わずついてしまったしりもちの痛さに抗議しようと弘毅を見上げ、怜子は言葉を飲み込んだ。今までどんな時にも見たことがない、弘毅の修羅のような形相に、背筋がぞっと冷たくなるのを感じる。
「先輩……」
「人がどう思おうと勝手だけどな。二度と俺の前でそんなことを言うな」
 憤怒に満ちた視線で怜子を射抜くと弘毅はそのまま足早に教室に戻っていった。
 怒らせた。
 震えが止まらない。
 もはや、自分が弘毅の隣に立つことができなくなってしまったのは火を見るより明らかだった。
 いまだ震える足で立ち上がれない怜子の目の前を荷物を持った弘毅が去っていく。もう他には誰もいないのだろう。教室にしっかりと鍵をかけて。その背中は冷たく、はっきりと怜子を拒絶していた。当然、視線をちらりとでも向けられることはない。
 終わった。
 怜子は今、そのことをひしひしと感じていた。絶望に体が冷えていく。さっき、弘毅の胸に飛び込んだときにはあんなに温かかったのに。
 しばらくの間冷たい廊下にへたり込んでいた怜子の腕を誰かが掴んで立ち上がらせる。
「いつまでこんなとこで座り込んでるんだよ」
 力が入らない怜子の体をそのまま抱きこんだのは祐二だった。
「俺のほうが絶対いいって。俺と付き合え」
 もう、弘毅のことは想えない。
 あんな女に弘毅はいかれてしまっているのだ。
 あんな女……。
 あの女さえいなければ。
「怜子?」
「つきあってあげてもいいわ、あんたと」
 黙りこくる怜子に問い掛ける祐二を、怜子は冷たい笑みを浮かべて見上げた。
 その顔に、祐二の腰を甘く震わせるほどの艶が宿る。
「まじかよ」
 知らずごくりと喉を鳴らした祐二を見つめ、怜子は嫣然と微笑んだ。
「ただし、条件があるわ」
「何だ?」
 すかさず尋ね返した祐二の腕から抜け出し、その肩に触れて怜子は囁いた。
「井川先輩、犯して」
「なっ……何、馬鹿なことっ」
「できるでしょ?」
 反論は許さない。残酷な笑みがそう言っていた。狂気に染まるその唇が、残酷な言葉をさらに紡ぐ。
「あの二人が別れるかどうかなんて関係ないの。やったら、小野君のものになってあげる」
 そう。自分が付き合えないのなら今更あの二人の行く末など関係ない。ただあの女がひたすら憎いだけだ。今の二人なら、祐二に唯が犯されたことは決定打になるはずだった。唯自身が身を引くにちがいない。
 苦しめばいいのだ、二人とも。
「やってくれるわよね?」
 見上げた怜子の瞳に吸い込まれるように祐二はこくんと頷いた。
 これでいい。
 怜子は、そのまま祐二の腕を抜け出すと、何事もなかったかのように去っていったのだった。

 弘毅と喧嘩してから数日後、唯は一人で下足室にいた。
 考えてみれば大人気ない。ただの自分の我侭でしかないのに、弘毅を縛りつけようとして。離れたからといって、自分と弘毅の絆が切れるわけじゃないのに。
 そんなこと、梓に言われるまでもないことだった。
 ただ、寂しかった。でも、寂しいからといって弘毅を引き止めるわけにはいかないのだ。
 ならば。
 自分が弘毅に近づけばいいのだ。少し難しいと諦めていた志望校を目指せばいい。
 ただ、それを言うタイミングがなかなか掴めずにいた。
 わざわざ家を訪ねるのも気が引けていた。
 でも、今日こそは言った方がいい。
 きょう、弘毅が家に帰ってきたら言うのだ。あたしも、弘毅君の近くの大学受けるからって。
 そう決意して開けた下足ロッカーに手紙らしきものを見つけて唯は首をかしげた。
「何……これ……?」
 中学、高校とずっと弘毅といた唯である。
 ラブレターなどと命知らずな真似をするものはすでに周辺にはいないはずだった。始めは多かったいたずらももうすでになりを潜めている。
 見つめていても仕方ないので、唯はその場で手紙を開くことにした。単純に四つ折にされたその紙には簡単にこう記されていた。
『井川先輩に相談があります。読まれましたらすぐ、サッカー部道具室においでください』
 不審といえば不審な手紙である。
 だが、『サッカー部道具室』というのが引っかかった。
 サッカー部の後輩であれば妙なことはすまい。何か弘毅に相談しにくいことがあるのかもしれない。
 唯はポケットにその手紙を突っ込むと道具室がある校舎の裏手へと向かった。
 今の時間は部活動が行われている時間である。とはいえ、道具は出してしまえば部活の間中出しっぱなしである事が多い。したがって、道具室周辺には人影はほとんど見当たらない。
 言ってしまえば、今は唯、ただ一人だった。
 道具室周辺を見回し、唯は首をかしげた。
「誰もいない……。もしかして中かしら?」
 木で作られた扉を開けると埃っぽい匂いが鼻をつく。
「あの……誰か、いるの?」
 呼びかけても返事はない。それほど広くはない室内だ。大声で呼びかける必要はないはず。
 唯は周囲を見回しながら中に踏み込み、再度呼びかけた。
「あの……井川だけど。誰かいるの?」
 バタンッ!
 その時、唐突に背後で扉が閉じられた。ほぼ同時に道具室に明かりが灯る。
 慌てて振り返った唯はその場で誰かに突き飛ばされて転がった。転がった拍子にスカートが捲くれ、白い太股に清楚な白いパンティが露わになる。
 慌てて身を起こした唯の前で何者かが扉に鍵をかけた。
「誰!? 一体何のつもりで……」
 問いただすべく叫んだ唯に振り返った男はこの学校の生徒のようだった。顔に見覚えがないところを見ると下級生だろうか。
 ガクランを着崩し、気だるげに立つその男の眼光だけが鋭く唯を見下ろしていた。
「俺、別にあんたのこと好きでもなんでもないんだけどさ。こうしなきゃ好きな女が手に入らないんだ。勘弁してくれよ」
「こうしなきゃって……」
 唯の背筋に冷たい汗が伝う。この雰囲気は数年前にも味わった覚えがあった。
「悪く思わないでくれよ」
「い、いやあっ!」
 言うなり覆い被さろうとする男から逃れようと埃っぽい床を唯は必死に転がった。だが、狭い室内に相手はいかにも身軽そうな男。
 唯の体はすぐに堅いコンクリの床に押し付けられることとなった。
「やめてっ。こんなことしても、その人はあなたのものにはならないんだから!」
「うるせーよ」
 数年前の悪夢が一瞬唯の脳裏に蘇る。なんとか逃げなければ、大声を出さなければと思うのだが、恐怖に縛り付けられた体はなかなか思うように言うことを聞いてはくれなかった。
 掠れた声で叫び、強張った体で暴れてもやすやすと押さえ込まれてしまう。
 恐怖に震え、怯える唯のセーラー服を祐二の手が捲り上げる。その下にはいかにも唯らしい清楚なデザインの白いブラジャー。それを外からは目立たない筋肉で毟り取りながら祐二は呟くように口に出した。
「そんなことはわかってんだよ。それでもやんなきゃいけねーんだ。悪いな」
「い、いやあっ」
 唯の目に浮かんだ涙が零れて埃塗れの床に黒い染みをつけた。
 引き千切ったブラジャーの下から現れた大きくはないながら形のいい乳房を祐二の手が乱暴に掴む。
「い、痛い……っ。やめてぇ……」
 品川のねちっこく確実に快楽を引き出そうとするその動きとは異なり、その手はただ唯を屈服させるためだけに唯の乳房を捏ね回していた。
 乳首を乱暴につまみ、ひねっては唯に悲鳴を挙げさせる。そこには優しさなど微塵もない。
「いや……弘毅君……助けて……ひぃっ」
 弘毅の名を聞いて知らず祐二の手に力が篭る。掴んでいた乳房に唇を寄せると、祐二は遠慮なしにその乳首に噛み付いた。
「痛いっ、やめてぇっ!」
「先島センパイか。その先島センパイがあんたがこうなる原因を作ったんだ。恨むならセンパイを恨めよ」
「弘毅君が……そんなことするはず……いやあっ」
 噛み付いた乳首を舐めまわし、吸いながら祐二は唯のスカートに手を差込み、今度はショーツを引き千切ったのである。
 そのまま唯の秘所に手を差し入れ、まだ乾いたままの襞を指で弄る。
「い、いやっ……そこはいやっ」
「経験済みなんだろ? とっとと感じろよ。じゃないと痛いぜ?」
 その言葉に唯の顔が強張る。
 その唯の顔に祐二の唇が醜い笑みの形に歪んだ。
「変態センコーの玩具だったんだろ? いろいろされたんだろうが。それとも、もっといろんなことして欲しいってのか?」
「なぜ……それを……」
 唯の顔から一気に血の気が引き、真っ青な唇が震えていた。誰にも知られたくない秘密を、なぜこの男が知っているのか。
 同時に脳裏を悪夢の日々が彩り鮮やかに埋めていく。
 がたがたと震えながら唯はすでに抵抗する気力を根こそぎ奪われていた。
「みんな知ってるよ。さあ、さっさとやっちまおうぜ。あんたをやっちまわないと俺はご褒美がもらえないんだよ」
 震える唯の両足を割り、ズボンのジッパーを下ろすが、祐二の男根は力なくうなだれたまま勃起する気配はない。ちっと舌打ちすると祐二は唯を引きずり起こし、震える唯の唇にうなだれたままの男根を押し付けた。
「舐めるんだよ。噛んだらわかってるだろうな?」
 だが、唯は震えるばかりで一向に唇を開こうとはしない。いらいらし、痺れを切らした祐二は唯の顎を指で押さえ、無理やり唇を開かせた。そのまましおれた男根を押し付ける。
「咥えろっつってんだろ。散々やってんだろうが!」
 半ば自棄になって怒鳴った祐二の手に、冷たい雫が落ちた。
 静かに祐二の手を濡らすそれは唯の瞳からただ零れ落ちる涙だった。嗚咽も漏らさず、唯は泣いていたのである。
 その涙に気圧されたように祐二の手が緩んだ。
 唇を解放されて、唯は呟いた。
「弘毅君……ごめんね……。こんなに汚れて……ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
 しばし、沈黙が場を支配した。
 先にその沈黙を破ったのは、祐二だった。
「はぁ……」
 長いため息をつき、出しっぱなしになっていた男根をズボンの中に納めてその場に胡座をかく。
「あんた……ちっとも汚くなんてないよ……」
 祐二のかけた言葉に答えることもなく、唯はただ泣いていた。その唯のずり上がったままの制服から視線をそらしたまま祐二は立ち上がった。
「ごめん……。先島センパイのせいだっての、あれ、嘘だから……。みんな知ってるってのも……」
 かけた鍵を開け、再度唯を振り返る。剥き出しの胸をしまうこともせず、まだ唯は泣いていた。
 その姿を正視できず、祐二は扉を開けた。そのとき。
「あ……」
「貴様……」
 扉を開いた瞬間、祐二の目の前には息を切らした弘毅が立ちはだかっていた。硬直する祐二の肩越しに中の様子をうかがい、唯の置かれた状況を目にするや弘毅の顔色が変わった。
「こんのぉっ!」
 バキィッ
 弘毅が吼えるのと、その拳が祐二の頬を捉えたのはほぼ同時だった。
 勢いよく道具室の床に転がった祐二の上に馬乗りになり、弘毅はただめちゃくちゃに拳を繰り出した。計算も何もない、怒りに任せたその打撃に祐二は抵抗もせずになすがままにされていた。
 唯は、しばらく震えながらその光景を呆然と眺めていた。しかし、無抵抗に殴られる祐二の唇から血が飛び散るにいたって、初めてはっとしたように服を調えながら叫んだ。
「弘毅君、やめて!」
「お前は黙ってろ!」
 それでも殴るのをやめない弘毅の腕にすがり付いて唯はさらに叫んだ。
「やめて、あたし、大丈夫だから! お願い、これ以上やったら死んじゃうっ」
「大丈夫なわけないだろ、お前、こんな……!」
 すがりつかれてはさすがに殴り続けるわけにもいかず、それでも怒りにもつれる舌で怒鳴りながら弘毅は引き千切られて散らばった下着を見やった。
「本当に大丈夫なの。途中で止めてくれたから……。弘毅君、お願い……」
 しばらく憤懣やるかたないといった様子で唯と祐二を交互に見やった弘毅は、やがて諦めたように祐二の上から立ち上がった。
「途中までだって、万死に値するけどな……。お前を殺して刑務所行きになっても唯が泣くだけだしな」
「……」
 腕に唯をしがみつかせたままよろよろと無言で立ち上がった祐二に弘毅ははき捨てるように言い放った。
「とっとと消えろ! 二度と近づくんじゃねーぞ!」
「……悪かった」
 血だらけの口元を拭い、短く呟いて出て行った男を、弘毅は憎悪に満ちた視線で見送った。
 怒りで震えが止まらない。
 祐二の姿が見えなくなると、そこが学校であることも忘れて弘毅は唯を抱きしめた。
「ごめん、唯。俺がちゃんといっしょにいたら……」
「いいの。迂闊で……意地っ張りだったあたしが悪いの……」
 首を振って胸に顔を埋める唯の髪に弘毅は頬を擦り付けた。埃っぽいながら、唯の香りがした。
 愛しさに胸を締め付けられて口も利けない弘毅に唯は静かに続けた。
「ごめんね……弘毅君……。こんなあたしだけど……許してくれるなら、がんばってついていくから……」
「唯……」
 思わず顔を離した弘毅を見上げて唯は小さく頷いた。
「弘毅君がどこにいっても……離れたくないからがんばってついていく。……いいよね?」
 その真剣な眼差しに、弘毅は鼻を掻きながらため息をついた。
「ダメなわけ、ないだろ」

 血のように赤い、夕暮れだった。
 誰もいない家庭科室で一人、長い実習台に腰掛けて怜子は夕焼けを眺めていた。
 今朝、青痣だらけの顔で祐二が登校してきたことは知っている。と、言うことはもしかしたら失敗したのかもしれない。
 その祐二からの呼び出しに教室ではなく特別教室を選んだのは、やはり自分が頼んだことに後ろ暗いところがあったからかもしれない。
 その後、唯と弘毅の二人がどういう話し合いを持ったかは知らない。だが、昨日の放課後も、今日の放課後も仲良く連れ立って図書室を訪れる二人を怜子は見ていた。
 ある意味、予測できた結果だった。
 それでも悔しさと、虚しさが胸を満たす。夕日がいっそ自分を燃やし尽くしてくれたら、そう思わずにはいられなかった。
 背後で小さな音がして、扉が開いた。振り返ると、青痣だらけの祐二が入ってくる。振り返った怜子の顔を見ても何も言わないまま、祐二は怜子に歩み寄ってきた。
 そのまま、窓を背にして怜子の前に立ち尽くす。逆光で表情は見えなかったが、怜子はどんな言い訳も聞くつもりはなかった。
「失敗したんでしょ」
「ああ」
 余りにもあっさりとした答え。ため息をついて怜子は机から降りた。
「そう。じゃあ、これ以上小野君から聞くことは何もないわ。バイバイ」
 そう言って歩き出そうとした怜子の肩を祐二の腕が掴んだ。
「ちょっと。やってくれたらってあたし、言ったわ。失敗したんでしょ。用はないのよ」
 睨みつけても祐二は黙り込んだままだ。腕を振っても見かけ以上に力強いその腕はびくともしない。何より、表情が見えないことが怜子を苛立たせた。
「放して。役立たずのくせに」
「わかってんだろ」
 唐突に祐二が口を開いた。
「……何をよ」
「あの二人は絶対に壊せないってことだ」
「……」
 何も答えない怜子にさらに祐二は続けた。
「欲しいものが手に入らないからってさ、八つ当たりするもんじゃねーよ」
「……あんな女、ふさわしくない」
「ふさわしくないのはお前の方だ」
「うるさい! あんたに何がわかんのよ!」
 パンッ
 とっさには何をされたのかわからなかった。徐々にじんじんと熱くなる頬が、初めて殴られたことを怜子に自覚させたのである。
「何す……いやっ」
 我に返り、怒鳴りかけた怜子を祐二はすばやく実習台の上に押し倒した。暴れようとする怜子の手を頭の上に一まとめに押さえ込み、頭を振る怜子の顎を押さえて無理やりに口付けたのである。割らせまいと閉じかける唇を無理やり割り、熱い祐二の舌が縮こまった怜子の舌を絡めとり、引きずり出すように吸い上げた。
「う……うんっ」
 うめき、身をよじらせる怜子に構うことなく湧き出る唾液を啜り上げて嚥下する。しっかりと開いた目の前で、反射的に瞳を閉じた怜子の顔が苦痛に歪んでいるのがわかったが、それでも容赦はしない。怜子の呼吸すらも支配下において祐二はその唇の中を蹂躙していた。
 空いた片手も無駄に遊んではいない。怜子のセーラー服をたくし上げ、青いレースのブラジャーに包まれた豊満な胸を露わにしていく。今度はブラジャーを毟り取るような真似はしない。背中に手をもぐらせ、ホックを外すと苦しげにブラジャーに収まっていた若々しい胸が弾かれるように解放された。
「んぐぅっ! んんんっ」
 いきなり訪れた開放感に怜子は目を見開いた。だが、暴れようとしてもうまくいかない。何より、濃厚な口付けが怜子の意識を浮遊させ、重く体を作業台に縫いとめていた。
 セーラー服ごとブラジャーを押し上げ、すっかり外気に晒されてしまった胸をやわやわと揉みしだく。その手はレイプしているとは言いがたいほどに優しい。
 長い接吻が一旦の終止符を迎え、怜子は激しく息を荒げながら涙が滲んだ瞳で祐二を睨みつけた。その間も、祐二の手は怜子の手に余る乳房をやわやわとこね回している。
「どういう……つも……ぁんっ」
 問いただそうとした言葉は不意に抓まれた乳首からの刺激に途切れてしまう。しかも、乳首を摘んだ指はそのままこりこりと乳首を刺激し続けていた。
「ぁ……やめなさいよっ……ああんっ」
「ここはあんま止めて欲しくなさそうだぜ?」
 逃れようと身をよじっても何の役にも立たない。むしろその動きは腰をくねらせて雄を誘う雌猫のように扇情的で淫靡なものだった。
 祐二の指の中で堅く立ち上がった乳首はもどかしいような刺激を怜子に与え続けている。背骨にまで響く刺激。だけど、決定打にかけるその刺激はちりちりと未開発の怜子の性感を焦がして身悶えさせた。
「いやっ……ああっ」
「あんまり騒ぐなよ。外に聞こえるじゃんか」
 その台詞にはっとして口をつぐむ。こんなに喘いでは万が一見つかったとしても誰もレイプだと思わないかもしれない。
 唇を噛み締め、声を堪える怜子に祐二の口角が上がる。その唇が怜子のまだいじられていない方の乳首を捕えた。
「ん……んうぅっ」
「こんなに感じてちゃ、恥ずかしいよな。これじゃお前、俺に犯されてるんだなんて言っても誰も信じやしないよ。この調子だったらここも……」
 言いながらスカートの中に潜り込む手に抵抗をしたくてもちろちろと乳首を舐めしゃぶる舌の、ぬめった快楽に捕えられて怜子はただ背中をしならせるだけだった。すでに怜子の両手を押さえていた祐二の手は緩んでいる。形だけの拘束にも抗えないほど祐二の愛撫が怜子をじわじわと侵食していった。
 潜り込んだ指がレースのショーツを捉える。するするとショーツをなぞるようにその指が怜子の隠された股間の亀裂に辿りついた。
 乳首を咥え、吸いながらなめていた唇が笑みを形作る。
「どろどろじゃねーか」
「う……嘘……」
 否定はするもののその声は弱い。
 怜子自身わかっていた。そこがすでに、薄い布地など何の守りにもならないほど湿り気を帯びてしまっていることを。ショーツの上からですらぬめりを帯びたその場所を祐二の指がなでる。
「あ……ぁん……いや……いやなのに……」
「嘘、つくなよ。涎たらして喜んでるくせに。ほんとはじかに触って欲しいんだろ?」
 ぞくりと怜子の白く滑らかな肌に鳥肌が立った。
 祐二の囁きに、これ以上はないほどの渇望を覚えてしまったのだ。
 触って。もっと、感じさせて。
 それだけではない、もっと根源の何か。
 認めたくはないけれど、祐二の手は今自分が求めてやまないそれを与えてくれそうに怜子には感じられたのだ。
 それでも、それを素直に認めるのは嫌だった。負けたようで。
 自分の醜さや、寂しさや、そんなとても直視できないものを認めさせられるようで。
「お前ってそういう女だよ。自分に正直でさ」
 つっけんどんに言いながら祐二の手がじゅくじゅくに濡れてしまった怜子のショーツを下ろしていく。腰回りが心もとない涼しさに包まれても怜子はすでに抵抗する気は失せていた。祐二の手が怜子の両足を掴んで押し広げても、怜子はただ瞳を閉じたままで何の抵抗もしなかったのである。
「すげぇ、綺麗だ。すっげぇ濡れて……うまそうだ」
 祐二の目の前に晒された怜子の秘裂は透明の蜜に濡れ、薄い毛がぺったりとピンク色の襞に貼り付いていた。噛み締められた怜子の唇と同じようにぴったりと閉じたそこはじっと見つめる祐二の前でしとどに愛液を分泌させている。まだ誰にも触れさせたことがないのであろうことが容易に想像がつくその綺麗な襞がひくひくと物欲しげに震えていた。
「欲しそうだな」
 正直に受けた印象を口に出す。祐二の感想は怜子の頬をさっと朱に染めた。同時に、どろりとした液が会陰を伝って作業台に零れ落ちた。
「だらしねーなー。涎垂らしてよ」
「……変なこと、言わないでっ、あぅんっ」
 久方ぶりに文句を言うべく持ち上げた頭が不意打ちのように秘裂を舐められて再び作業台に沈んだ。勢い、がつんと鈍い音がしたがそれに構うどころではない。
 べちゃ くちゃ じゅる じゅじゅ
「あっ、あん……ぁあっ、やぁ」
「いやじゃないだろ、全然。こっちはねだって仕方ない」
 べっとりと濡れた襞を舌で掻き分ければ舌先に熱い粘液を分泌する襞の裂け目が触れた。クリトリスはとっくに肥大し始めていてスリットから顔を覗かせている。液に塗れ、ピンク色の顔をわずかに覗かせたそのクリトリスの大部分をまだ覆っている皮を容赦なく親指で押さえて剥きあげ、唇を尖らせて吸い付いた。途端に怜子の腰が跳ねる。だが、そんなことは意にも介さず祐二は小水と、女の匂いに蒸れたそこをいとおしげに舌で舐めあげた。唇に挟まれた堅いクリトリスが舌に弄ばれてその下の襞が苦しげに喘いでいた。喘ぐほどに歓喜に震えて涎をたらす膣口にも舌は伸びる。その液をすくっては舐め、舐めては飲み込み。
「あ……あんぅ……んくぅ……」
 かろうじてまだわずかに残った理性が両手で口元を押さえさせ、溢れる喘ぎ声を留めようとした。だが、そのとろけそうな刺激に腰は震え、充血した秘裂が粘液をしとどに零して行く。
 浅ましい。
 あたしは、こんなにも浅ましい女だったんだろうか。こんなところで、こんな男に愛撫されて拒むどころか感じている。
 もう、嘘のつきようもなかった
 ふと、脳裏に図書室の外で聞いた唯の噂話がよぎった。
 こんなに浅ましいあたしには……こんなセックスが似合うのかも知れない。
 浅ましいあたしの、浅ましい体。
 この男に貪らせるのが丁度いいのかもしれない。
「正直だな、怜子」
「は……あん……んんぅ……わる……かったわね……」
 じゅじゅうっ
「ひぅっ、ああんっ!」
 粘液と共に一層激しく吸い上げられたクリトリスに怜子の意識が浚われる。その体が激しく震え、硬直し、やがて力を失った。
 くったりと力を抜いた怜子を見やり、顔を上げて男は呟いた。
「俺は、お前のそういう正直なところが好きなんだけどな」
「はぁ……は……何を……勝手な……」
 ぼんやりと、それでも祐二を撥ね付けようとする怜子の欲望に上気した薄桃色の肌を見ながら祐二は手早くジッパーを下ろし、固く天を突いた男根を取り出した。
 唯を犯そうとしたときはぴくりとも反応しなかったそれが今は先走りを滴らせながら怜子を欲しがって屹立していた。
 やはり、怜子でなければダメなのだ。
「勝手? 井川先輩を俺に犯させようとしたお前に言われたくない。まあ、これで俺も……お前と同類になるわけだけどな」
 熱くたぎる肉の棒をひたりと怜子の膣口に宛がった。だが、怜子は呆然と祐二を見上げただけで抵抗する気配はない。
 祐二は怜子の足を抱え上げると、少しずつ腰に力を込めた。
「あ……いた……いたいっ……」
「……処女だったのかよ……」
 その事実に少し怯みかけた腰が祐二の噛み締めた唇と同時にぐいと奥への侵入をはたした。
「あ、あぐぅっ!」
 何かを突き破った感触が肉欲の棒を伝わって腰に響く。同時に温かい雫が会陰を伝わって落ちた。
 苦痛に歪む怜子の唇に口付けて吐息の隙間から祐二は囁いた。
「俺のものにならなくても……好きなんだよっ。お前も、そうだったんだろ……?」
「あ……ああっ、ひ……ひあっ!」
 腰を進めるほどに怜子の表情が苦痛と快楽の交じり合ったものへと変わっていく。肉の襞が絡みつき、祐二の全てを搾り取ろうとしているのではないかと錯覚してしまうほどの締め付けが固く攻め入る男根を襲う。
 すぐにも訪れそうな射精感を耐え、祐二はさらに腰を進めた。
 ぐちゅっ ずりゅっ ぐいっ
「ひあっ、ああっ、ああんっ、あああっ」
 腰を激しく打ち付ける音、愛液が肉棒に掻き回される卑猥な水音と濡れた怜子の喘ぎ声が広い部屋に響いた。もしかしたら誰かが聞いているかもしれない。
 それでも構わなかった。
「好きなんだよ……っ!」
 腰の勢いが強まる。
 これが最初で最期だとしても、もう悔いはなかった。
 祐二は、これで最期とばかりに腰を激しく叩きつけた。
「あ……ああああっ、いやっ、あああんっ」
「う……ううっ!」
 玲子の甲高い声と祐二の低い唸り声が混じりあい、セーラー服から剥き出しになった白い胸に白濁した液が降り注がれる。
 大量に迸った液は激しく上下する白い胸から作業台へと向かい、滴り落ちていった。
「は……はぁ……」
「ん……く……」
 先ほどまでとは打って変わって、しばらく広い室内を二人の荒い息遣いだけが支配した。どちらからも何もいわない。言った瞬間から何かが変わってしまう。
 もう、わずかにしか残らない夕焼けの中、最初に口を開いたのは祐二だった。
「俺は、謝らない。後悔もしてない。どこにでも、言いたければ言えばいい」
 落ち着いた声でそう言った祐二をちらりと見ると、怜子はくしゃくしゃになったスカートのポケットに手を入れた。取り出したのはハンカチ。胸を汚す白い液体を拭って怜子は身を起こした。
「……こんなに汚しちゃって……。どうすんのよ、明日家庭科の実習があったら。匂い残っちゃうじゃない」
「は?」
 さらにポケットからティッシュを取り出して股間を拭いながら怜子は祐二に冷たく言い放った。
「さっさとその情けないものしまっちゃいなさいよ、恥ずかしいったら。いつまでも出しっぱなしにしとくなんて信じらんない」
「あ……すまん……」
 いそいそとしおれた自身をしまいこむ祐二を尻目に怜子は実習台から降りると、こちらはてきぱきと身支度を整える。つい今しがた処女を失い、祐二の体の下で喘いでいた怜子と同一人物とは思えないほどだ。
 教室に備え付けの水道で顔を顰めながらハンカチを洗い、汚れた実習台を拭き清めると怜子はその濡れたハンカチを祐二に突き出した。
「……何、だよ」
 よく訳もわからずきょとんと怜子を見つめ返す祐二に憮然として怜子は言い放った。
「洗って返してよ、当然でしょ。人の処女奪っといて」
「あ、ああ……」
 勢いに気圧されて濡れたハンカチを受け取った祐二にさらに怜子は言った。
「次、こんなところでしたらただじゃ置かないから」
「はぁ?」
「聞こえなかったの?」
 もはや薄闇の中、怜子に耳を引っ張られてよろめく祐二の耳元に怜子はしっかりと告げた。
「今度するときは、もっとましな場所でしなさいって言ったの。彼女に失礼でしょ」
「彼女……?」
 月明かりにぼんやりと浮かぶ仏頂面の怜子の顔に、わずかに朱が差したような気がした。祐二の顔ににやりと笑みが浮かぶ。
「つきあってあげるわ。馬鹿に馬鹿でお似合いだし」
「じゃあ次は、もっと感じる場所でやってやるよ」
 にやついた祐二の頬を、痛烈なびんたが襲ったのを、窓の外の月だけが見ていた。

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