バレンタイン大作戦 「こんなに黒まむしの発注があるんですか?」  驚いた表情のマリアに、ギルドオーナーが頭を掻きながら説明した。 「来月、バレンタインだろ? 街の娼館でプレゼントとして配るキャンペーンをやるらしくてなあ。こっちにも大量の発注が来たんだよ」 「……な、なるほど……」  心なしか頬を赤らめて頷くマリアに、ギルドオーナーが更に続けた。 「なんでもレース形式になってるらしくてな。一番多く納品したやつに商品が出るらしいんだ。何と言ったか、アルバート・ダリルってやつのチョコレートらしい」 「アルバート・ダリルですか!?」  その名前に、マリアの瞳が輝いた。  年頃の女性であれば誰でも耳にしたことがあるほど最近話題の名前だからだ。 「なんだ、知ってんのか?」 「有名なショコラティエ……チョコレート職人です。ものすごくおいしいらしくて、王都でも大人気だとか」 「へえ。そんなに有名なのか」 「なかなか手に入らないって有名なんです。その人のチョコレートが食べられるなら頑張ります!」  乗り気で頷くマリアにホッとした表情で頷くと、ギルドオーナーはニカッと笑った。 「たくさん納品したギルドにも謝礼があるって話でよ。俺もいろんなハーバリストに声をかけてるんだ。マリアちゃんもたくさん頼むぜ」 「はい、任せといてください! じゃあ、帰って早速材料の確認をしますね」 「ああ、頼んだよ!」  笑顔でギルドを出ていくマリアを見送ると、ギルドオーナーは今まで黙って待機していた男どもに向き直った。 「……で、なんで俺らまで呼ばれてんだよ」  仏頂面で尋ねたベンに、ギルドオーナーはにやりと笑った。 「お前さんたちにも関係あるからだよ。黒マムシの材料集めに一番貢献したやつを聞くことにしてるんだが、そこで選ばれたやつ……つまり、1位のハーバリストから指名されたやつだな。そいつには別のご褒美がある」 「おいおい、俺たちにもチョコレートってんじゃねえだろうなあ?」 「いや、そんなに有名なチョコレートならば高値で売れるからな。いい話だ!」  半笑いのサミュエルに真剣にブライアンが言うと、なにか思い出したようにウォルターが口を開いた。 「アルバート・ダリル……私も聞いたことがある名だ」 「ウォルターさん、お菓子に詳しいのですか?」 「いや……どちらかというと裏の世界でだ。あの男、高級娼館の御用達職人だからな」  ウォルターの言葉にベンが眉をひそめる。 「高級娼館? まあ、確かに高い菓子を出したりするらしいが……あ、あれか……」 「なんだ、ベン、お前知ってんのか?」 「……裏ギルドで小耳にはさんだ程度だ。媚薬入りのチョコだろ?」  ベンの言葉に、ギルドオーナーが我が意を得たりと指を鳴らす。 「そう、そいつだ。だが、お前さんたちへのご褒美はメイド服だとよ」 「……私たちに、メイド服ですか……?」 「いいや、メイド服も高値で売れるぞ!」 「ブライアン、てめえは少し黙ってろ。で、メイド服がなんだって?」  サミュエルに促されて、ギルドオーナーが説明を再開する。 「まあ、メイド服か娼館のかわいこちゃんの二択なんだが、どうせお前たちはかわいこちゃんは興味ねえだろ。いいか? マリアちゃんへの商品はチョコだ。その、例のチョコだよ」 「媚薬入りですか?」 「そう。そして、お前さんたちの賞品はメイド服だ。しかも、娼館仕様のエロいやつだな」  二つのキーワードに、男たちが互いに顔を見合わせ、ゴクリと喉を鳴らす。 「媚薬入りチョコをもらうのがマリアだとして……」  サミュエルの言葉をブライアンが受けた。 「媚薬入りチョコを食べたマリアに……高級メイド服……ガーターベルトは付いてるんだろうな!?」 「頼めばつくんじゃねえか?」 「乗った! この勝負、このブライアン・スターリーが貰う! そうと決まれば早速マリアのスケジュールを押さえなければ!!!」  ひと足早く飛び出したブライアンを見送ったあと、四人が慌ただしく出口に向かう。 「とりあえず、メイド服はもらっても腐るもんじゃねえからな」 「使わねえんなら参加しなくてもいいぜ、ベン。俺は有効活用する」 「……マリアに変なことをさせるわけにはいきませんからっ」 「媚薬はこちらで調合したものを用意したいが……」  それぞれ思い思いのことを口にしながら出て行った男たちを見送り、ギルドオーナーはそっと呟いた。 「あいつらに仕事をさせようと思ったらマリアちゃんをダシにするのが一番だな……。マリアちゃん、すまん……。あ、そういえば……」  奥にあった袋をちらりと見て、ギルドオーナーは頭を掻く。 「メイド服は執事用のフロックコートを着るのと引き換えだっていうのを忘れてたな……。まあ、いいか。トナカイよりは素直に着るだろ」