聖夜大作戦 「クリスマス大討伐キャンペーン?」  掲示板に張り出されたポスターに、サミュエルの声が上がった。  それを受けて、依頼掲示板を見ていたウィリアムが頷いた。 「冬眠に向けて活発になるモンスターが多いからでしょうね。MVPに賞品が出るらしいですよ」 「何っ、賞品が出るのか!? 現金か!? それとも食料か!?」  同じく依頼掲示板を食らいつくように見ていたブライアンがウィリアムの言葉に反応する。 「そこまでは知らないですけど……。何しろ、今朝貼り出されたばかりの掲示ですから」 「気になるならギルドオーナーに聞けばいいだろ。……そういや、どこに行ったんだ?」 「賞品が出るとなれば早く説明を受けねば! ギルドオーナー! いないのかね、ギルドオーナー!」  騒ぎ立てるブライアンに顔をしかめたサミュエルが一歩近づいたところで、ギルドの奥からオーナーが姿を現した。  背中に大きな布袋を担ぎ、何やら重そうな荷物をぶら下げている。 「うるせえなあ。そんなにでかい声出さなくても普通に呼びゃあ来るわ。なにか受けたい依頼でもあったか?」 「いや、そうではなく、キャンペーンの賞品について聞きたいのだが!」  食らいつかんばかりの勢いのブライアンに眉を顰めると、ギルドオーナーはカウンターの上に持っていた荷物を乗せた。 「賞品か。今そいつを持ってきたところだ」 「と、言うことは現金じゃねえってこったな」 「ああ、サムもいたのか。お前も参加するのか?」  問われて、サミュエルは苦笑いを浮かべた。 「まあ、賞品次第だな。しょーもねえもんもらっても困るだろ?」  サミュエルの言葉に、ギルドオーナーが不敵に笑う。 「そりゃあ、どうかな。案外いいかもしれねえぞ」 「だから何なのだ。早く言いたまえ」 「まあ、そう急くなって」  もったいぶって言うと、ギルドオーナーの手が袋に潜り込む。  一同、その挙動を固唾を呑んで見守った。 「まず、3位だな。町の食堂でならどこでも食える食券ひと月分だ」 「それは随分と助かる!」  バサリと置かれた紙の束に、ブライアンの目が輝いた。  今にもそれに手を伸ばしそうな勢いに、ギルドオーナーは慌ててそれを後ろの台に移動させる。 「随分太っ腹ですねえ」 「モンスターを狩ってもらうことで狩猟もやりやすくなるからな。食材の確保もしやすくなるだろ。だから町の食堂連で話し合って提供してくれたんだ」 「酒は飲めねえのか?」  首を突っ込んできたサミュエルににやりと笑み、ギルドオーナーはさらに袋に手を入れた。  どんと景気良く置かれたのは精巧な彫りが入った木のジョッキである。 「そいつは、2位だ。一月いっぱいまでどこの店でも飲み放題のジョッキが賞品だ」  その説明に、サミュエルが思わず口笛を吹く。 「随分気前がいいじゃねえか。何の話だ?」 「クリスマスの討伐キャンペーンの賞品だそうです。これが2位だと、1位が楽しみですね」  いつの間に来たのか口を出すベンに、ウィリアムが笑みを向けた。  それを受けて、またもギルドオーナーが袋に手をいれる。 「さあて、何が出てくるか……」  固唾を呑んで見守る一同の前で、オーナーが袋から何かを出す。  取り出されたものに、その場にいた一同の目が点になった。 「……あー……えー……こりゃ、なんだ?」  しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いたサミュエルに、ギルドオーナーがにやりと笑った。 「サンタクロースの衣装だ」 「サンタクロース? あの、子供にプレゼントを配って回る老人かね?」 「そう、それだ」  ウォルターの問いに頷いてギルドオーナーが取り出したのは、赤い生地に白い獣毛のふち取りをした少し長めの上着のようなものだ。  そこで、彼の手が止まる。 「ウォルターさんよ。あんた一体いつ来たんだ」 「つい今し方だ。納品のためにな」 「……そうか。品物はあとで受け取ろう。まずはこいつの説明だ」 「説明もなにも……」  ため息混じりに言うブライアンの顔は明らかに落胆の色に満ちている。  食べ放題飲み放題の後に出てきたものにしてはお粗末過ぎる、というところだろう。  他の者にしても似たような顔をしている。 「そう言わず、聞いてみましょうよ。だって、1位ですから」  ウィリアムだけがニコニコとしてギルドマスターを見ている。だが、その言葉にベンがわずかに肩をすくめて額を掻いた。 「まあ、聞くだけはタダだけどよ。サンタの上着だけもらっても嬉しかねえだろうよ。」 「上着? 違うな。こいつはワンピースだ」 「ワンピース?」  ギルドオーナーの説明に一同の目が丸くなる。 「あの……それにしては短くありませんか?」 「そりゃそうだ。こいつはミニスカサンタ扮装用だからな」  “ミニスカ”という単語に一同の目の色が若干変わる。 「それで……こいつを誰に着せるのかね?」  ウォルターの問いにギルドオーナーがにやりと笑った。 「この町の何人かに頼んでる」 「一人じゃねえのか?」 「ああ、何人かいるかわい子ちゃんの中から自由に選べるシステムだ」  ベンの問いに、ギルドオーナーが頷いた。 「一人目はファニー・オーティスだ。ミス・マイタウンに選ばれた娘だな」 「……ふーん」 「なんだなんだ、ノリが悪いなあ。二人目はジェシカ・ローランドだ。問屋街でデートしたい女性No.1の娘だな」 「……なるほど」  全く盛り上がらない場に、ギルドオーナーがあからさまに落胆した顔をする。目論見としては可愛い女の子で釣ればやる気になってくれると踏んだのだが、全くその気配はない。 「なんだよなんだよ、色気より食い気かよ、ったく。三人目はシェリー・パーキン。お兄ちゃんになりたいNo.1だな」 「……へえ」 「4人目はアンジェリカ・ジョリーナ。宿屋で添い寝したいNo.1!」 「……ふーん……」 「くっ……これでもダメなのか……。ラストはマリア・シザーランドだ」 「なにっ!?」  その場にいる者の目の色が一斉に変わり、思わずギルドオーナーは怯んだ。 「な……なんだ……? お前さんたち、マリアちゃんの依頼はよく受けてるだろうから珍しくもなんともないだろう?」 「そんなカッコしてるマリアなんざ、レア中のレアだろ」 「あいつが足出してるのなんか、見たことねえな」  ベンの言葉に頷いて、サミュエルも同意する。 「というか、どうしてマリアがここで候補に挙がるんですか? 一番縁遠そうですが……」  ウィリアムの疑問に、他の者も頷く。 「なんだ、お前たち知らねえのか? マリアちゃんといえば、ギルド連盟内“実はエロい体してるんじゃねえか”ランキング不動の1位だぞ!?」 「どんなランキングだ! マリアをそんな卑しい目で見るとは……!」 「……ほう、ブライアン君がそれを言えるとは思わなかったが」 「私は純粋にマリアを欲望の対象として見ている。ウォルター、君のように実験対象のようには見ていないぞ」 「どっちも大差ねえよ……」  溜め息とともにつぶやくと、サミュエルはギルドオーナーに向き直った。 「で……1位を獲得するとその服を着たマリアをもらえるわけかね?」 「ウォルター、いやらし言い方すんじゃねえよ。せいぜいデートしてくれるって程度じゃねえのか?」  ベンの言葉に頷いて、ギルドオーナーが言葉を続けた。 「クリスマスイブとクリスマスの二日間その服でデートしてくれるんだが、その子を連れていれば食べ飲みし放題だ。それにプラスして2位と3位の商品も付いてくる」 「……確認するがどのような人間が1位を獲得してもマリアとデートができてしまうわけだな?」  ブライアンの鬼気迫る問いに若干怯みつつ、ギルドオーナーは頷いた。 「あ、ああ。まあ、選べるのはマリアちゃんだけじゃないがな。ちなみにデートと言ってもせいぜい一緒に歩いてくれるくらいだからそれ以上は望むなよ?」 「本人が望めば別にかまわんのだろう?」 「望めば、だ。ウォルターさん」 「じゃあ、本人が望めば持ち帰りもありってこったな」 「何度も言うが、望めば、だぞ。サム」 「もちろんだ。望むようにすればいいわけだろ?」  サミュエルの言葉に、ブライアンが詰め寄る。 「聞き捨てならいな。マリアが望んで君について行くと?」 「ありえんな、私ならば連れて帰れるが」 「ウォルター、てめえ、何を根拠にそんなこと言ってんだよ。あ?」  その場に不穏な空気が漂い、一触即発の様相を呈する。  それを感じ取ったか、ウィリアムが掲示板に歩み寄ると掲示された依頼をまとめて二、三枚剥ぎ取ってギルドオーナーに差し出した。 「まずは依頼をこなさないと話になりませんよね。オーナー、私はこの依頼をお受けします」 「わかった。これは依頼済みにしておこう」 「では、早速行ってきますね」 「おう、気をつけてな」  爽やかな笑顔とともにギルドを出て行ったウィリアムを見送ると、残りの面々もいっせいに掲示板に取り付いた。  その後次々に依頼を手にしてギルドオーナーに受注を申告していく。 「では、私も行ってくる」 「俺もまとめて二件行ってくるか」 「てめえ、サム、それは俺に譲れよ!」 「やなこった。じゃあな」 「ちっ、じゃあ、俺は……」 「ふむ、これなら外出せずに済みそうだな……」  各々依頼を受注して出て行くと、がらんとしたギルドの中でギルドオーナーは呟いた。 「ただし、セットでこいつを付けなきゃならないんだが、その説明は……後でいいか」  その手の中には、トナカイの角と赤い鼻飾りとトナカイの着ぐるみがあったのだった。