クリムゾン レイヴ19

人を呪わば穴二つ。
でも、憎まずにいられないとき、どうしますか?
身を任せますか?
それとも、その焼けた鉄の塊を飲み込みますか?
どちらにしてもただではすまないけれど。
あなたなら、どちらを選びますか・・?

「ふ・・ふふ・・・気持ちいい・・?」
女は男を貪っていた。狂ったように上に跨り、腰を振りたて、快楽を限界まで味わい尽くそうと。
「う・・うぁ・・もう・・だめだ・・もう・・死んじまう・・・」
男は、ただ朦朧と為されるがままに貪り尽されていた。後は血の一滴ほどしか出ない。そう思っても欲望は反応してそそり立ち、飽くことなく女を求めた。
『私のほうがいいって教えてあげる・・。』
二股の遊びのつもりで付き合っていた。だから、本命とのデートを目撃されてもたいしたことはないと思っていた。実際それから女との連絡は途絶えていた。
それが、今更になって現れてそんなことを言う。セックス自体は断る理由もないので一緒にホテルに入った。だが・・。
だ・・めだ・・これ以上したら・・。
生命の危険と隣り合わせのがけっぷちの快楽。そんなものを感じながらも肉体は留まるところを知らなかった。
女はただ、男を見ていた。目くるめく快楽の中、溶けそうな腰とは別のところで男を見つめる。
この人は・・直に私のものになる・・・
なんと喜ばしいことだろう。念願がかなうのだ。あんな女に渡しはしない。この人は、私のもの。
「ぁん・・いい・・・。」
受け入れた肉棒をさらにきつく締め上げる。最後の絶頂に向かって。
「あ・・ああん・・・いい・・きてぇ・・・!!」
女は吼えた。破滅に向かって。
その女の姿を、闇に紛れるように何かが見つめていた。
背筋が寒くなるほどの薄ら笑いを浮べて。

ソウダ・・・モット・・モットニクメ・・・・
モットアイセ・・・コワレルホドニアイセ・・・・
ソウスレバオマエノモノダ・・・
トモニアユメ
ハメツノミチヲ・・・・

「ふふ・・・電車の中じゃこんなことはできないでしょ・・?」
含み笑いを浮べながら女は受け入れた男を見る。壁に押し付けられるようにしながら立ったまま片足を上げて。
男は猛然と腰を動かしていた。ただ、快楽に誘われるままに。何も考えることはない。ただ、快楽を感じるのみで。電車の中での痴漢行為とは違う快楽が彼を支配していた。あの窮屈な空間ではろくに腰も動かせない。せいぜい、スカートに射精するのが精一杯だ。
だが、生身の身体はこんなにもいい。
ここがどこかも忘れた。

ソウダ・・・
ガイアクハホロボシテシマエ・・・
マンゾクサセテヤルノダ・・
ナンノザイアクカンモナイ・・・

グシャ・・・
鉄パイプを伝わって頭蓋が潰れる感触が手に響いた。
「へ・・へへ・・・俺を馬鹿にするからそうなるんだ・・。」
「ま・・待て・・待てよなあ。金なら返す!返すからさ!!」
大人しいはずのカモがどうしたわけか凶悪に自分たちに迫ってくる。今までのカツアゲのつけか・・。
だが、震えるだけで何もできないやつだったはずなのに・・・。
らんらんと光る目を見ながら背中にぞくりと震えが走るのがわかる。
相手が鉄パイプを振りかぶった。
「や・・やめ・・!!!」
グチュ・・・ッ!
頭蓋が割れ、脳漿が飛び出す。信じられない思いのまま、意識が永久にブラックアウトした。

「結構いい感じだねえ?」
くすくすと笑いながら刹は隣に立つ斎を見た。
町のあちらこちら。校内のあちらこちらで渦巻く憎悪が、欲望が心地好い波動を生み出す。
「餌は十分に撒いた。すでに言衆が動き出したらしい。」
事務的に告げる斎ににやりと唇の端を引き上げて刹が笑う。
「じゃあ・・頃合を見計らって僕たちも出るか。」
そこで一端言葉を切ってちらりと斎を見やる。
「葉霊は君に任せていいのかな?」
「他の誰にもやらん。」
ぶっきらぼうなその言葉に、にやりと薄く笑っただけで刹は頷いた。
「そう。じゃあ責任もって頼むよ。」

「『縛』!!」
「『滅』!」
麗子が縛めた言妖に向かって夫であり、言司でもある勲(いさお)が確実に滅びを与えていく。本家に連なるものほどではなくとも、その力は一目置かれていた。
「く・・っ『斬』!」
滅ぼした端から現れた葉妖が勲に刃を繰り出すのを軽く手首でいなして言霊でその身を引き裂いていく。
「一体どうしたってんだ・・。急に増えてきたな。『滅』!」
「そう・・ね!『戒』!」
今の麗子は活動しやすい革のパンツに黒い皮のジャンパーを着ている。目の前をすり抜けた葉妖の刃を力の篭る蹴りで破壊し、縛めていく。
もはや結界を敷くことすら難しくなりつつあるほど言妖たちが活性化し、その勢力を伸ばしていく。
「本家には誰が?『殺』!」
「漣たちがいるわ!父さんも・・く!『裂』!出たから!」
戦いの最中、遠く葉山本家のほうを見る。
心配はしていない。
ただ、戦い抜いて欲しい。
麗子は再び敵に向き直った。

要達も戦っていた。
要の戦闘スタイルは漣に少し似ている。それは、泰山から伝わったものでもあった。
『雑魚程度なら言霊の根幹たる人の肉体で滅するようになれ。』
襲い掛かる刃を手刀で叩き折り、言妖に対して直接的な攻撃を加えていく。胴に要の重い蹴りを食らって悶絶する言妖に対してたたみかけるように踏み潰す。それで終わりだ。
大して萌葱は体術と言霊を巧妙に組み合わせて戦いを有利に進めていく。葉妖が放つ言霊を言霊で払い落としてパワーよりもスピードが重視された突きで相手の戦闘能力を確実に奪っていく。頭部への突きの次には矢継ぎ早に首への蹴りを見舞う。すかさず身を返して足払いをかけ、言霊で止めをさす。
それはまるで、流れる舞を見ているようであった。要を怒れる大地とするなら萌葱は大地を流れる川のように。お互いがお互いの背中を守りながら有利に戦いを進めていく。
二人は息子たちのことを心配してはいなかった。
いや、それは正しい言い方ではないだろう。
心配したからと言って親が何かをしてやれる問題ではない。後の憂いをできるだけ絶ってやること。それが二人が今やるべきことだと心得ていた。
自分たちで乗り越えなければ何にもならない。
愛すべき子供の過酷な使命を、要達は最大の信頼を持って見守ることに決めたのだった。

葉山本家の広い庭に少女は佇んでいた。
冬の冷たい風に髪がなびき、その艶髪を波打たせる。黒いミニのワンピースに白いファーのオーバー。ラム皮の厚底ブーツ。じっと瞳を閉じてまんじりともせずに何かを待つその姿は操だった。
最高にして最強の葉霊。彼女が仕えた言司は絶対に負けることがない。
それが操に対する言司の評判だった。だが、操はそれは違うと思っている。
操が過去に仕えた言司はただ二人。
初代葉山本家言司、葉山漣。そして、今、ただ一人仕える言司、葉山漣。
操はただ愛しただけだった。
そして、愛された記憶があるだけ。
 漣・・・あなたの何代か先の孫も・・あなたに似ているわ・・。あなたの優しさも・・あなたの強さも・・・悲しくなるほどに持っている。
言司が葉霊に抱く愛は通常のそれとは異なる。
巫女と共に永久に在る。
その約束こそが愛なのだ。
 漣・・・守るわ。あたしの全て賭けて・・・。
そして、戦いは始まった。
黒い瞳が開く。その視界の端に瘴気を含む闇の蟠りが映った。長い睫が僅かに震えた。そして、唇は笑みを刻む。
「・・・・あんたもしつこいのね・・。斎。でもいいわ。今日は存分に相手したげる。」
闇の中から染み出すように現れた男は無表情に答えた。
「今度こそ連れて行く。必ず。」
「できるものならやってごらんなさい。」
小馬鹿にしたような笑みと共に呟く操をただ斎は見つめる。
そして、二つの影が動いた。

葉山本家の要となる場所。道場に二人はいた。
泰山や要、そして漣が鍛錬するその場所はかなりの広さを誇る。がらんとしたそこはきんとする寒さに包まれ、冷たい空気が二人の頬を刺す。
漣はいつもの如く黒ジーンズに黒いシャツ。そして黒いブルゾン。
遙は赤いギンガムチェックの短いプリーツスカートにカラシ色のタートルネックセーター。その上に白いオーバーを羽織っている。
その表情は緊張に張り詰め、青ざめていた。
「大丈夫だ。俺から離れんなよ。」
遙の緊張を慮ってその頬を指でなでる。優しいその感触に瞳を閉じて遙は無理に小さな笑顔を作った。
「ん・・大丈夫。あたし・・がんばるね。」
何をがんばればいいのかは実のところよくはわかっていない。言霊の使い方は教わったものの、まだまったく身にはついてないのだ。だから、遙が漣の傍にいるのは殺されたり浚われたりしないように守られる意味合いが強い。
あたし・・情けない・・。
役に立ちたいのに。守られるだけはいやなのに。
その思いを読んだように漣がふわりと遙を抱きしめた。
「大丈夫だよ。必要なときはちゃんと使えたじゃんか。」
そうなのだ。操をもとに戻したときは意識せずその力を使うことができた。だからこそ、その力を自分のものにしたい。
「漣・・・。」
「やれることをやるだけだよ。俺はお前がいてくれるだけで今までの何倍も強くなれる。遙・・。」
  愛してるよ・・・・
その言葉はどんな言霊よりも強く遙の胸を支配した。ぽろぽろと涙が零れる。ただ、嬉しかった。
「漣・・・。」
漣のために。今は自分にできることをやろう。
そして、それは唐突に姿を現した。
「・・!?」
とっさに遙を背後にかくまう漣の眼前で、道場の床に瘴気がたまる。
ニュル・・・
まるでそんな擬音が聞こえそうなほどに。生えたという形容がぴったりときそうな様相でそれは床から姿をあらわした。
「・・・・痲桐・・・。来たな・・。」
漣の唸るような声に体の下半分を床に埋めたままにやりと秀隆は笑った。
「お熱いところをお邪魔するよ?こっちも仕事なもんでね。」
「そんな仕事、サボっていいぜ。どうせたいした給料じゃねーんだろ?」
苦虫を噛み潰したような顔で答える漣にくすくすと笑いながら秀隆はその全身を現した。
「いや、それがなかなか給料はよくてさ。成功報酬なのが痛いけどね。まあ、成功するからいいかなと思って。」
馬鹿にしたように言う秀隆に漣は鋭い視線を向ける。
「成功ね。黙ってさせるわけないだろ、んなもん。」
「へえ。やっと巫女を手に入れたばかりの葉山になりたての巫女だろ?なんかできるって方がおかしいじゃないか?せいぜい巫女を守って死んでいくのがおちだって。」
「そんな・・。」
唇を噛み締めて踏み出そうとする遙を手で制して漣はその黒髪をがしがしっと荒く掻く。
「俺が死ぬときはお前も死ぬときだよ。」
「まあ、心配するなよ。巫女は僕が存分に可愛がってあげるからさ。」
「させるか!」
ダムッ!
けらけらと笑う秀隆に向かって漣が足を踏み出した。風を切って突き出される漣の拳を左手でいなしてそのままその手首を掴む。そして、その唇が歪んだ。
「澱(おり)!後は頼んだよ!」
「何・・!?」
慌てて腕を振り解こうとする漣の足元が裂け、異空間がその向こうに現れた。
「く・・っ!『跳』!」
飛び下がろうとする漣の腕を引き寄せ、秀隆が笑う。
「ダメだよ。君は僕と一緒に来てもらう。『取り込め』」
力ある秀隆の声に命じられるままに空間は己の意思を持つかのようにどんどんと漣と秀隆を取り込んでいく。
「くっそ!離せ!遙!!」
「漣!」
慌てて駆け寄ろうとする遙の前に、いつの間に表れたのか黒い影が立つ。
「・・・!?」
「あなたの相手は私がするの。んふ。逃げられるなんて思わないでね?」
切りそろえた前髪。艶やかな黒髪は長く太腿あたりに達している。黒い皮のボンテージに身を包み、女は赤い唇を引き上げて笑った。
「く・・・『どいて!』」
とっさに放たれた言霊をするりとかわして女は遙の後ろに回りこみ、そのまま羽交い絞めにする。
「遙!!くそ!『離せ!』『離せ!』」
「漣!漣ーーーー!!」
捕らえられた遙の目の前で漣は徐々に沈んでいく。やがて、その姿は完全に見えなくなり、空間はその口を閉じた。
「ふふ・・・さあ・・遊びましょ・・?」
淫靡な声が耳朶を打つ。その声にぞくりと背筋を震わせて遙は叫んだ。
「『離して』!」
言霊の強制力に遙の身体が自由になる。慌てて距離をとる遙を、女は意にも介さず笑いながら見ていた。
「ふふ・・なかなか手ごたえありそうじゃない?鳴かせるのが楽しみね。」
女の含み笑いに恐怖が胸に湧き上がる。背中に伝う冷汗を感じながら遙は必死で女と対峙した。
漣・・。
助けてとはもはや言えない。
お願い・・。無事でいて・・。

「『縛』」
「『きかないわ』!」
縛めようとする言霊をかわして鋭い蹴りが斎の胴を襲う。
「『裂』!」
言霊との合わせ技に一瞬斎の反応が遅れ、その胴を見事に蹴りが捕らえた。
ザシュゥッ・・・
「が・・・っ。」
身を返して追い縋る蹴りを何とかかわし、見事に裂けた胴を押さえる。瘴気がしゅうしゅうと漏れ出していくのは、相手が葉霊であるせいである。
「ふふ・・この間のようにはいかないわよ?『斬』!」
「『回避』」
斬気を中和しきれずに斎の右腕に裂傷が走る。
「く・・。」
斎がよろけ、さらに操が追い討ちをかけようとしたそのとき、変化は起こった。
「・・・!?」
一瞬操の注意がそれ、その隙に斎は距離をとり、体制を整えた。
が、斎のことなど操の眼中にはなかった。背中を冷汗が駆け抜ける。
漣の気配が・・消えた・・!?
頭の中をあらゆる可能性が駆け巡る。
その操の様子を斎が見逃すわけがなかった。
「『縛』!!」
「しまっ・・『避』!!」
言霊は一瞬間に合わず。操の身体は縛められてしまう。
「・・しまった・・。」
動けない操の傍に身体を引きずりながら斎が歩み寄ろうとする。戒められた己の身よりも気になるのは漣のことだった。
漣・・無事でいてよ・・?すぐ・・いくから・・。
近寄ってくる斎を激しく睨みつける。その操の目の前に、斎が見下ろすように立ちはだかった。

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