れっといっとびぃ2
「おい!! 待てったら!!」
走り去るレイアの後を追いかけようとした俺は、違和感を覚えて立ち止まった。
見られている。
気配自体はついさっき生じたものだが、それはかなり鋭いものだった。
「……出てこいよ。ラブレターなら年中無休で受け付けてんぜ?」
そう言った俺の前に霞のように姿をあらわしたものがあった。
こんな姿の現し方をする奴は普通じゃありえない。魔法使いだ。
「あらん? ずいぶんと勘がいいのねぇえ? こんなにすぐ見つかるなんて思いもしなかったわん?」
濃い紫色のケバい踊り子のような衣装に身を包んだその相手は。
「……えーと……どちら様?」
「依頼人の妹のほうよ!!!」
「……をー、そーだったそーだった」
ぽんと拳で掌を打つ俺を女はじとっと睨んでいる。
断じて忘れていたわけじゃあない。こうやって自分から正体をばらさせるのがあくまで目的だ。うん。
「今思いっきり忘れてたでしょ……」
「気のせいだ」
きっぱり言った俺になぜか突き刺さる視線が痛い。
「で、その依頼人さんが何の用だ? あんたの預けた宝石箱は空っぽだった上になぜか俺たちは焼き討ちにあったんだがねえ?」
腕組みをして尋ねる俺に女はふっと笑った。
「自分の胸に聞いてみたら? こういう稼業ですもの。恨みの一つや二つ買うんじゃないの?」
「おのれ、『悪役は最後にすべてをばらす』というセオリーを無視したなぁっ!!??」
「そんなん知るかああああっ!!!」
ちっ。付き合いの悪いやつ。
なぜか息を切らせて俺をにらみつける相手に、俺は腰のバスタードソードを構えた。女だからって手加減する要素は少しもない。
「なんでもいいや。とにかく通らせてもらうぜ。」
ふっと女が笑った。
「そうはいかないと言ったら?」
俺はバスタードを構えたままにやりと笑った。
「綺麗な姉ちゃんはできれば斬りたくないんたけどな」
「じゃあ、斬らなきゃいいじゃなぁい?」
「ところがそうもいかないんだな、これが」
女は艶やかに唇を引き上げて笑った。夜の闇の中、嫣然と。
その笑みを屋敷から放たれる炎の影がちらついて彩りを添えていた。
「上等だわぁ?」
ヒュッ
女が何か投げた。それをバスタードの刃を使ってはじき落とす。
「…ダーツ?」
しかもただのダーツじゃないらしい。先端が黒くぬめっている。
毒だ。
「ふふ……。人間を的にするのもなかなかおもしろいものよぉん?」
「悪趣味な遊びだなぁ。行くぞっ!」
遠距離用の武器を持つ相手が近距離に対応できないかと言ったらそんなものではない。だが、自分の間合いに入らないことには話にならない。
俺は一気に駆け寄って間合いを詰めると、右から胴を切り上げるように剣を振るった。
ふわ……
「む!? ふんっ!」
まるで風に流れる柳の枝のようにふらりとかわす女の体を追いかけて剣を横一文字に払う。
「ふふ……力だけじゃ当たらないわよぉん?」
ヒュッ!
やはりふわりとかわすその間にも飛んでくるダーツを鎧の肩当に当てて流し、俺は一歩引いて剣をおろした。
「なるほどな……」
「ふふ……いやぁねえん? パワー重視の剣士はこれだから。あっちのほうも力押し、かしらん?」
品性のないことを言って笑う女に俺はふんと鼻で笑った。
「それとも、あっちのほうだけは早いのかしらぁ……ん……?え……え……?」
小ばかにした口調の女の顔が、ある個所から真横にずれていく。
ボト…… ボト……
「え……ひ……ヒィイイイイイイイイイッ!」
両腕が落ちるにいたって女は自分の状況を理解した。おそらく、俺の剣の軌跡すら見えなかったことだろう。
「あっちばっか早くったって嫌われるんだよ。ばぁか。」
振り返り、走り出す俺の後ろで空しく肉隗が崩れていく音が響いていた。
早く……早く……
あたしはひたすら走った。店のほうに向かって。
夕べ、ホッテンが帰ってからこの依頼に関わる事柄について調べた結果、引っかかることがいくつかあった。
一つは、依頼場所の別邸はアンフェリゴの持ち物ではあるもののもう何年も使われていなかったこと。もう一つは、最近レイアとレオナルドについて嗅ぎまわっている者がいること。これは別段珍しい話じゃないけど、二人セットで嗅ぎ回られているのが気になった。そしてもう一つ。レオナルドも、アンフェリゴの分家騒動に一役買っていたこと。
最初はレオナルドがあたしをはめようとしたのかと疑っていたあたしは、最後の項目で狙われているのは二人だとわかった。だからこそ火の粉を払うべく依頼を受けたのだが。
そして、案の定、屋敷の中身は急ごしらえのように安っぽいものだった。もちろん、見た目は豪華である。だが、あたしの目はごまかせない。それらはすべて本物を模した偽者だったのだ。だからあたしはこの屋敷自体が罠である可能性を疑った。そしてそれは、見事に的中したわけである。
それと同時に思い出したことがある。少し前にミーシャが言っていたのだ。
『最近店の周りをうろついている者たちがいる』
もし……レイアがラリサだとばれていたら。考えただけで冷や汗が背中を滑り落ちる。
そして、その予感さえも的中した。
「……!?」
店から煙が上がっているのが目に飛び込んだ。スピードを上げて近づくと赤い炎があがっているのが見える。
「ミーシャ!!」
「ラリサ!!」
泣きべそをかきながら走ってくるミーシャを抱きとめてあたしは尋ねた。
「みんな無事なの!?」
「母さんが…母さんがまだ中に!!」
「何ですって!?」
最悪の事態が頭をよぎった。迷わず炎を上げる店に飛び込もうとするあたしをミーシャがしがみついて止める。
「危ないよ!!」
「放して! 母さんを助けないと!!」
「だめだよぉ!! ラリサまでなんかあったらあたし・……。お願い!! 行っちゃだめ!」
縋り付いて止めるミーシャの腕を引き離し、あたしは彼女の肩を掴んでしっかりと目を覗き込んだ。
「これは、あたしのせいなの。だから、母さんはあたしが助ける。」
「……どういうこと?」
涙目でそれでも心配げに問い掛けるミーシャにあたしは首を振った。
「今は説明してる暇はないわ。母さんを助けて出て来たら全部説明するから」
「ラリサ!!」
悲鳴にも似たミーシャの声を背中で聞きながらあたしは店の中に駆け込んだ。
「う…っ」
店はすでに炎の中だった。ぶわっと熱気が襲い掛かり、髪や肌を焦がそうとする。
「シャワー」
あたしの呪文に反応してわずかな水が頭上から降り注ぐ。あたしの体はこれでずぶぬれになるけど、火事を消すのにはぜんぜん足りない。あたしは手ぬぐいを出して口元を押さえると。身を屈めるようにして奥へと向かった。目指すのは母さんの部屋。
今にも崩れ落ちてきそうな柱の間を抜けて、目指す部屋のドアを開ける。
「母さん!?」
燃え盛る部屋の中、母さんはうつ伏せに倒れていた。その周りに広がるのは血。
「え……血……?」
ヒュッ
「……!?」
動いたのはほとんど勘だと言ってもいい。考えることなく動いたあたしの眼前をフランベルジュの凶暴な刃が通り過ぎていった。
「んっ!? あんたは!?」
黒いハイネックのシャツに黒いズボン。そしてシルバーのチェーンメイルに身を包んで立っている男。その男の顔にあたしは見覚えがあった。
「なんちゃっておうぢ様…じゃなくて依頼人!? やっぱりあんたたちの仕業だったのね!!」
決め付けてびしっと指差すあたしをふんと鼻で笑いながら男はふっと髪を掻きあげた。
……こんな時までかっこつけんでよろしい。
「いかにも。君に地獄の苦しみを味わわせてあげようと思ってね。気に入ってくれたかい?」
「誰が! あんたたち、何者で何のためにあたしを狙ってるの!? そもそも!! あたしだけを狙えばいいじゃないの! 店にまで手を出すなんて卑怯よ!!」
「ひ、卑怯……?」
「なによ、違うっての?」
「卑怯……ひ……」
「……あのー……」
「…………」
「……もしもぉーし……?」
答えない男に声をかけるが反応なし。どうやら、『卑怯』呼ばわりされてイッてしまったらしい。
「卑怯……なんていい響き……卑怯……それは憧れぇ〜〜〜〜〜〜♪」
ここは炎に包まれた宝○劇場でしょうか?
「さて……今のうちに……」
ダンッ!
ぐったりとした母さんを肩に担いで歩き出そうとしたあたしの足元にダガーが突き刺さる。・・・
ちっ。気づいたか。
「誰が逃がすと言ったか!!」
「だって黙ってるからいいんだろうと思って」
「いいわけないだろおがあああああああっ! あうっ」
タムッ
叫んだ男の額にあたしが投げ返したダガーが刺さる。そのまま男は棒切れのように後ろに倒れた。
「よっし終了。」
のりは軽いがあたしは焦っていた。母さんの息は細く、失血のためにその体は冷たくなっていた。早く神殿に行って治癒の呪文をかけてもらわなければならない。意識を失った人間の体というのは重い。あたしは母さんを引きずるようにして一歩を踏み出した。
ヒュッ ドスッ
「……く……」
それは、あたしの判断ミスというべきだろう。動いたためにわき腹を掠めるにとどまったその『触手』を見ながらあたしは自分の認識の甘さを呪った。
「なるほど……すでに、人間ではないわけね?」
ゆっくりと振り返ると、額にダガーを埋め込んだまま立っているものがあった。それはすでに人というべきにあらず。もとの人間の体に、手足は枝分かれした触手。おそらく、邪教の神に魂を売った結果。
「っははははははは!! その通り! お前達に復讐するために、私は無力な人の体を捨て、神となったのだ!!」
「……ばかげたことを」
あたしは母さんの体を下ろし、眠りの棺おけに閉じ込めた。これで、母さんの状態はこれ以上悪くならないはずだ。
ガラ……ドサッ
あちこちが崩れ始める音が聞こえる。時間はあまりない。この異形を短時間でしとめないと、母さんもあたしも生きてここから出ることは難しくなる。飛び散る火の粉と熱にあたしの体にかけたはずの水はとっくに蒸発してしまっていた。
時間がない。
「行くわよ! サンダーアロー!!」
雷の矢を放つと同時に襲いくる触手をかわす。横を掠めるように飛ぶ触手が炎に焼かれるが、相手が苦しむ様子はない。そして、雷の矢も払い落とされる。
「つ…っ」
逆によけた弾みで炎があたしの肌を舐める。痛みを感覚から追い出そうとしながらあたしは手を振り上げた。雷がだめなら……。
「エアーレ−ザー!!」
かまいたちが依頼人であったものを襲い、その四肢を分断していく。
「やたっ!!」
が、喜んだのも束の間、切り取ったあとからどんどんと触手が生えて増殖していく。
「邪教でも神ってわけね。しぶといったら……」
シミターでどんどんと攻めてくる触手を切り払いながらあたしは次の呪文にかかった。
だが、所詮切り結びながらでは使える呪文の威力にも限りがある。
「ボム!!」
どかぁああんん!!
声に応じて魔力が開放される。小規模な爆発が起こり、異形の前ではじけた。
「く……」
その余波を魔力障壁で避けながらとまった触手の攻撃に相手の様子を見る。ほとんどの触手は爆発の衝撃で引きちぎられたはずだった。が……。
バシュッ!!
「きゃあっ!!」
突如、数十本もの触手が爆発直後の煙を裂いてあたしに襲い掛かる。
「シールド!」
魔力の壁を立てるが間に合わない。あたしの手足は触手に絡みつかれ、まったく身動き取れなくされてしまったのである。
「く……この……」
暴れては見ても所詮は女の身。ぎりぎりと締め付ける触手を振り払うことなど到底できるはずはなかった。しかも。
「こ……こら!! どこ触ってんのよ!」
「ぐふふふ……死ぬ前にいい思いをしたいだろう? 人間の男では感じられないほどにいい思いをな。」
すでにそれの頭はどこにあるのかすらわからなかった。人間の頭は、爆発の衝撃か、それともそれ以前の攻撃でか部屋の隅に飛ばされ、炎に焼かれていたから。
触手はあたしの服の下にもぐりこみ、乳房を絞るように縛り上げ、乳首をきゅっと縛り上げていた。もちろんスカートの下にも潜り込んで薄い茂みに覆われた割れ目やお尻をくすぐるように撫でている。
というかお兄さん。あんたも焼け死ぬってばよ。
「いやああ!! やだ! どうせやるなら人間の男とがいいに決まってるじゃんよーー!! ぁんっ」
そうは言っても悲しいかな、女は感じるようにできているらしい。割れ目に入り込んだ触手がクリトリスをくすぐり、膣に潜り込むと一度に責められる快楽に思わず声が漏れてしまう。
「い、やぁ……あ……そんなとこ…やぁだ……」
お尻をくすぐっていた触手はアナルの中にまで入り込み、信じられないほど奥地までを攻め立てる。おまけに煙が充満してきて息苦しくもなってきた。
「い……や……げほっ……あん……ぁ……げほっげほっ……もぉ……やぁ……」
これじゃあ喘いでるんだか咳してるんだかわかりゃしない。
シミターを持った手にもすでに力は入らない。カランと音を立てて落ちるのが意識の端で聞こえた。揉み上げられ、触手でこすられる乳首は硬く立ち上がり、痛いほどの快感を伝えてくる。股間は言うに及ばず、ぐちゃぐちゃとそこをまさぐる触手をあたし自身の愛液がぬらしているのが見なくても良くわかるほどで。もはや何本入り込んでいるかわからないアナルも限界まで押し開かれながら中の粘膜をこすりあげられていた。
ビリッ……ブチッ……
触手の凄まじい力が皮鎧を引きちぎり、あたしの服の胸元を裂いた。自慢の大きな胸がまろび出て炎の赤に照らされる。その胸が熱を感じるほど、炎は近くまで迫っていた。
だめ……このまま死んじゃうのはいや……!!
朦朧としながら母さんのほうを見ると、燃える柱が今にも崩れそうになっているのが見えた。
母さん……助けないと……母さん……でも……もう……
はやる思いと絶望が交互に頭を支配しかけたそのとき。
ガコッ!! どぉん!!
まさか、崩れた!?
そう思うほどに大きな轟音が響き渡ったかと思うと夜風が部屋に入り込んできた。
「お、一発で見つけたぜ。やっぱ案内人は貴重だよなぁ!!」
「レオナルド!?」
肩にバスタードソードを担ぎ、壊した壁の向こう側に立つその姿は間違いなく今日のパートナーのものだった。その横にはぼんやりとミーシャの姿が見えた。どうやらミーシャが案内して外から直接この部屋に通じる箇所へとレオナルドを導いたらしい。
レオナルドはざっと中を一瞥し、瞬時に状況を判断したのかまっすぐに母さんのほうに駆け寄った。そのレオナルドに向けても容赦なく触手が襲い掛かる。
「レイア!! もうちょっと我慢してろよ!」
必死に頷くあたしのほうを確認して、レオナルドはひょいと母さんをその肩に担ぎ上げた。襲い掛かる触手をすばやい剣の動きだけでいなしながら壊した壁に戻ると母さんを一旦外に出す。数人の手が母さんを運んでいくのを見て、あたしは心底ほっとした。
これで、心置きなくやれる!
「じゃあ、後はお姫様の救出といくか!!」
気合一閃、レオナルドのバスタードが唸ったかと思うと、あたしを縛っていた触手が切り落とされた。
「さんきゅ! 恩に着るわ!!」
「礼はそのおっぱいでいいぜ!」
……こ……この……。
ともあれ、胸を隠している暇なんかはない。あたしはレオナルドをサポートする形で魔法を駆使していくが、腐っても神のせいかなかなか決着はつかなかった。
「レオナルド! そろそろここも崩れるわ!」
「……建物でつぶしたからって死にそうなタマじゃねえよな」
触手をいなしながら本体を攻撃というなんとも要領を得ない戦い方にそろそろ嫌気がさしてきたかレオナルドもげんなりとした顔をしている。本体への攻撃と入っても、ほとんどが触手にカバーされてダメージが届かないのが実情だった。あたしもわき腹の傷のせいでかなり消耗している。早めに決着をつけることが望まれた。
「ねえ、あの本体にダガー突き刺せる?」
あたしの囁きに何かを感じ取ったのか、レオナルドが頷いた。
「やってみよう。…うぉりゃあああああっ!」
そのまま化け物(もはやこうとしか形容できない)に突っ込んでいくと、触手の攻撃を一気に切り開きながら本体へと近寄る。ここまではいいのだ。問題はここからで。
「こんちくしょぉおおおおおお!!」
振り上げるバスタードソードに触手が絡みつく。それを引きちぎりながら振り下ろし、本体にぶつけるがやはり触手が間に入る。
「負けッかよ!!」
ドスッ
「レオナルド!!!」
レオナルドの背中から触手が生えた。否。レオナルドの腹を触手が貫いたのだ。が、レオナルドはそこで壮絶な笑みを浮かべた。
「タマァ、もらうぜ」
ザシュッ
「レイアーーーーッ!!」
見れば触手に埋め込まれるようにダガーが突き立っている。あたしは即座に呪文を発動させた。
「サンダーアローーーーーー!!」
ボヒュ……バチバチバチ……
ダガーに吸い込まれるように雷が化け物の体に浸透していく。
「エアーレーザー!」
レオナルドの体を触手ごと切り取り、化け物から遠ざけてあたしは最後の言葉を放った。
「ブレイク!」
ぼひゅっ……バゴォオオオオオオオオンンッ!!!
雷が中で暴発し、轟音を立てて化け物をこなごなに引き裂いたのである。
ビチャ……グチャ……
肉隗が飛び散る中、あたしはふらふらとレオナルドに歩み寄った。
「大丈夫?」
「この後おまえさんとやれって言われたらやれるぜ」
にやっと笑って言うレオナルドの頬を引っ張ってあたしは笑った。
「喧嘩だったら良くなってから付き合ってあげる。今はここから出ましょ?」
そうして、二人、支えあうようにしながら、あたしたちは店を出たのだった。店を出てへたり込んだあたしたちの後ろで、轟音を立てて建物は崩れ去った。
「間、一髪…か……」
「ラリサ! その傷!!」
「へ?」
駆け寄ってきたミーシャの言葉にあたしは自分の足が血で真っ赤に染まっているのを知った。もちろん、わき腹の傷からあふれ出た自分の血液。
「ああ、これ? たいしたことな……」
それっきり、あたしの意識はフェードアウトした。
「本当に行っちゃうの?」
ぐすぐすと泣いているミーシャの頭を撫でてあたしは頷いた。
「ここにいて迷惑かけるわけにも行かないしね。幸い母さんも一命を取り留めたことだし、力を合わせて店を盛り立てていってよ」
「だけどぉ……やっぱり寂しいよぉ……」
ミーシャの泣き顔にあたしは弱い。だけど、行かなきゃならないときがあるのだ。女には。
あのあと、焼け跡を探したが、依頼主の首やそのほか残骸のようなものは一切見つからなかった。そして、街道でレオナルドが殺したという女の遺体も見つからなかったのである。その代わりに町の裏通りでホッテンバーグの惨殺死体が発見され、東へ向かう街道の門番が変死体で見つかった。体液をすべて抜かれたミイラ化した死体だったらしい。
あとからの調べで、アンフェリゴの一族の中に処刑前に脱走した兄妹がいたらしい。その行方はようとして知れず、どこかで野垂れ死にしたのだろう、というのがお役人の見解だったらしい。ところが、アンフェリゴは大陸でもかなり大きな邪教集団とつながりがあったことが発覚。その集会で兄妹の姿を見た、という証言もあった。
どちらにせよ。
自分たちが引き起こしたことなら自分たちで決着をつけるべきだと思う。だから、あたしは旅立つことにしたのだ。
「じゃあ、母さんによろしく」
「本当に、会っていかなくていいの?」
尋ねるミーシャにあたしは微笑んで頷いた。
「店、燃やしちゃって大迷惑かけてるし。怒らせて傷開いてもいけないしね」
「会って行かないほうが母さん、おこると思うんだけどなあ……」
あたしもそう思う。だけど、会ったら決心が鈍りそうでいやなのだ。
ところが。
最後にミーシャを抱きしめて店を出ると、神殿で寝込んでいるはずの母さんがそこに立っていた。
「母さん……」
神官たちに支えられるようにしながら母さんはあたしの前に歩いてきた。
パシッ
小気味いい音があたしの頬から響いた。
「……」
叩かれた頬を押さえて母さんを見ると、母さんはあたしをぎゅっと抱きしめた。
「別れも言っていかないなんて親不孝ものだね、全く。お前はいつもそうだ。店をサボる時だって言っていきゃしない。」
そりゃ当然でしょ、なんて言えなかった。
もう、母さんの顔は見えなかい。こんなときに目が曇るなんて、おかしいったらない。
「いつでも帰っておいで……。ここは、おまえの家なんだからね……?」
「母さん……」
何年かぶりで、あたしは母さんの腕の中で泣いた。久しぶりだからか、母さんはすごくやせ細って思えた。
「行ってきます」
「体に気をつけるんだよ。これを、持っておいき。何かの足しになるかもしれない」
そう言って母さんがくれたのはルビーのアンクレットだった。
「ありがとう……」
それをしっかりと足につけ、あたしは母さんの頬にキスをした。
「じゃあ、行ってきます」
後は振り向かなかった。片をつけるまでは帰ってこない。だから、振り返らない。
町の東へ抜ける門の前に一人の男が立っているのを見て、あたしは思わず微笑んだ。
「俺も、片つけたいんだよな。旅は道連れって……どうだい?」
「悪くないわね」
門を開けて外の世界を見る。まっすぐな道と、所々に見える林。後は原っぱ。
「じゃ、行きましょ」
「よろしく頼むぜ、レイア」
そう言って差し出される手をあたしはしっかりと握った。
「ラリサ。ラリサ・エヴァンスよ」
男はにやりと笑って頷いた。
「レオナルド・ガストッシュだ。レオでいいぜ」
「よろしくね、相棒」
「おう」
そしてあたしたちは歩き出した。
いつ終わるとも知れない旅路へと。