れっといっとびぃ5
「やっと人心地つけた感じよねえ・・。」
まったくだ。この鳥の丸焼きなんざうまいことうまいこと。このちょっと酸味のあるソースがナイスだな。
「町を出て1週間でようやく最初の人里についたんだもの。少し休みたいわよねえ。まあ、ちょっと寂れたとこではあるけど。」
この山菜のサラダもなかなかぐっどだな。わずかに利いた苦味がなんとも言えず・・・。
「ってねえ、レオ、人の話聞いてる?」
そういやここは魚がねーんだよな。山のすそなんだし、川かなんかありそうなもんだけどなあ?
「レオ?ちょっと・・レオ?」
でもまあ、こんだけうまい果実酒までできりゃあ上等だよな。うん。これはなんだ?む・・この酸味・・・この深い色合い・・。山スグリとみたっ!!
ボクゥ・・・
「うっつ・・・・。」
左頬に見事にめり込んだラリサの拳に俺はそれでももっていたきのこのソテーを口に放り込んでから頬を押さえた。
「人の話は聞きましょう♪」
「んだよ。せっかくまともに飯にありつけたんだから堪能したっていいじゃねえかよ。」
ぶちぶちと言う俺に自分も山菜のフライを口に放り込みながらラリサは器用にため息をついた。
「日々のコミュニケーションは大事よ?会話がなくなったら合う息も合わなくなるんだから。」
「ぼでーらんげっじならいつでも受けて立つぜ?・・・おぶ。」
ラリサ・・・おまえの拳は小さいからめり込んで痛いんだってばよ・・・。
それでもめげずに高い鼻をさすりながら俺は片目でラリサを見た。
「なによ?」
あまりにじろじろ見る俺に居心地悪げにラリサが尋ねる。
「・・・・黙ってりゃかわいいのになぁ・・。」
「よく言われるわ。」
・・・・ラリサ。笑顔でテーブルの下にブラックジャックを隠すのはやめてくれ。
「・・でさ。これからどうするんだ?とりあえず当てもなく村に来たはいいけどさ。」
話をそらそうと鳥の丸焼きをかじりながら尋ねる俺にラリサは上目遣いに考え込みながらテーブルに頬杖をついた。武器は腰に戻っている。おけ。
「んー・・・そーねー。さし当たって、このあたりの大きな町に着いて情報を集めようかと思うの。もしくは暗黒神殿なんかに関する情報をね。いきなり行ったからってぶち当たるとも思えないから、有力そうな手がかりを外堀から埋めていこうかと思って。」
「ああ、なるほどな。」
確かに、それは俺も考えていたことではあって俺も頷いた。闇雲に当たってもろくなことはない。
生き死にかけて旅をする以上、情報が全ての鍵を握るからだ。
「こんな小さな村じゃあギルドは期待できねえな。まずは手近なとこに町があるかどうか聞いてみるか。」
「そうね。そのほうがいいわ。ところで・・・。」
急にラリサが声を潜めて俺のほうに顔を寄せてくる。
なんだよ、昼間っから照れるじゃねえか。
「馬鹿っ!違うわよ!」
「ってえ・・・。」
突き出した唇を見事につねられて思わず目に涙が浮かぶ。
最近容赦ねえぞ・・・。
「なんだよ?」
改めて顔を寄せた俺にラリサが小声で答えた。
「たいしたことじゃないんだけど。この村に入って若い女の子一人も見なかったと思わない・・?」
ラリサの言葉に俺は天井をにらんで思い出した。
そういえば、村に入って一度も若いお姉ちゃんを見ていない。
今いる村唯一の宿屋兼酒場にしても気合の入ってそうなおばちゃんが一人いて切り盛りしているだけだ。
「・・・今話題の過疎の村とか・・・。」
「どこで話題なのよ。」
俺に聞かれても知らん。
「過疎にしたって、一人もいないのはおかしいと思わない?」
「まあ、そうだけどよ。しかし・・。」
えらく乗り気で話題に興じるラリサを俺はじっと見た。
「・・・いらんことに首は突っ込まんぞ。」
そういうが早いかラリサの口元がひきっと引きつる。
「い・・・いやあねえ。町に関する情報収集がてら村の情報を集めようかなあとか思ってるだけじゃなぁい・・・。」
やっぱりな。
旅をしてまだ短いが、どうもラリサにはおせっかいの気があるらしい。と言うより野次馬根性がその日の気分により旺盛すぎたりもする。
「とにかく。依頼でもないことには俺は余計なことには首を突っ込まんからな。急ぐ旅じゃないとは言え、結局この間もただ働きに近かったし。」
・・この間はそういうほど働いたわけじゃあないが。
「依頼ねえ・・?まあ、そうよね。表立って何かあるわけじゃないし。町のことだけ調べましょうか。」
「じゃあ、依頼をお願いしたいーーーっ!!」
『どぅわ!??』
突然横から聞こえた奇声にも似た大声に俺たちは5mmほど椅子から座ったまま飛び上がると言う器用な真似をしてしまった。見れば、白いひげを蓄えたじーさんがいつのまにかテーブルの脇に立っている。
・・気配も感じさせないとはある意味恐ろしいやつかもしれない。
「な・・何?依頼って?」
キーンと耳鳴りがしているであろう耳をほじほじしながらラリサがそのじいさんに問い掛けると、じいさんは勧められてもいないのに余った椅子に腰掛けて俺たちのランチをつつき始めた。
「これは俺のチキンだからだめ。」
俺が取り上げた皿を心底物欲しげに見ながらフォークを咥えるな、じじい。
じっと上目遣いで見るな。とどかねえからってフォークを振り回すなっ!
「『さんだぁあろぉ♪』」
ぼひゅむっばちばちっ
ラリサ、よくやった。
「い・・いきなりなにを・・。」
ぷすぷすとあちこち焦げ付かせながらよろよろとじじいはテーブルにすがり付いて立ち上がる。
やるな、じじい。
「依頼ってーからにはその内容を聞かせろよ。人の飯つつく前にさ。それにお前さん、一体何者なんだよ?」
最後のチキンが俺の口に入るのを絶望の眼差しで見ながら「ああ・・・わしのチキン・・・。」とか言うな。俺のだ。
食うものがなくなって諦めがついたのか、じいさんはやはり椅子に腰掛けるとぷすぷすと焦げたまま口を開いた。
「これは失礼いたしました。わしゃこの村の村長のガゼルと申しまして。実は・・この村にはそのお嬢さんが言うとおり、若い娘がおりません。それには事情がありまして・・。」
「どんな事情なの?」
ラリサが問うとじじいは盛大なため息をついてみせた。
「この村の裏に古い遺跡がありましてな。半年ほど前からそこに化け物が住み着いておりまして・・・。」
「お約束としては『若い娘を差し出せば村には手を出さない』ってところかしら?」
ラリサの推測にじいさんはがっくんがっくん首を振って頷く。・・・どうでもいいけど白目剥くなよ。
「まったくその通りで。月に一度言われるままに若い娘を差し出していたんですが、ごらんの通り小さな村なのでもう娘がおらず・・。」
「嘘つけ!あんたんとこの娘がいるじゃないか!」
声に振り返れば桑を持ってわなわなと震えている中年の男がいる。さしずめ生贄に取られた娘の父親といったところだろうな。今にも飛び掛りそうなのをそばにいた村人に押さえられている。
「い・・・いやまあ、もちろんそうなんだが。だがわしの娘一人出したところでそれが最後の一人じゃ。いずれはいなくなるのは同じで・・。」
村長さんの言うことはもっともだ。だがこの人、集団の長たる何かを間違えてやしねえか?
ラリサも同じことを考えたらしく、憮然としたまま厨房に豚肉のソテーを注文している。で、改めてじいさんの顔を見た。
「気に食わないわね。」
「ちゃ・・ちゃんと謝礼はいたします!1000ガルドで!」
「その1000ガルドは一体どこから出るんだ?」
必死の形相のじいさんに俺はつとめて冷静に言った。ラリサの顔を見ればわかる。なんだかんだ言いつつもあれは受ける気だ。だが、この機会に知っとくことがあったっていいやな。
「そ・・れは・・村のお金です。村の危機なのですから、ここから出すのは当然で・・。」
「で、自分は痛い目見ないで娘も大事に隠しとこうっての?おかしくない?村人の税金集める身分なら自分が率先して村のためになることしなさいよ。」
ラリサに同意していっせいに頷く村人たち。
こいつ・・よっぽど人望ねーんだろーなー・・。
「う・・いや・・まあ・・・・。」
言葉に詰まるじーさんにラリサは運ばれてきた豚肉をぱくつきながら視線を向ける。これは俺も当然つつく。
「この依頼、受けてもいいわ。」
「本当ですか!!??」
瞬時にきらきらーんと目を輝かせたじじいの鼻先にフォークの先を向ける。
「ただし、条件がある。」
「じょ・・条件・・?」
ラリサの言葉に村長の顔が一瞬こわばる。
一瞬俺のほうをちらりと見るラリサに顎で先を促す。俺としてはラリサがどんなことを言い出すのか見守ることにしたわけである。
「半分の500とここの食事代は村長さんの自腹で払ってね。で、娘さんに手伝いをさせること。」
「な・・シェ・・・シェリーに××××や××××をぉ!!??」
ばき。
「誰もんなことは言ってません。」
「ラリサ、年よりは労わらんと。」
俺のせりふは当然無視されるわけだが。
「大丈夫。娘さんの命の安全はあたしたちが保証するわ。それさえ飲めば1000ガルド+αで請け負ってあげる。」
「そ・・・それはわしの一存では・・・。」
「他の娘さんは親の一存で化け物のところへ行ったんでしょーねー。」
ラリサの言ってることは厳しいが間違ってはいない。俺はじっと村長を注目した。
しばらくの沈黙の後、やっと村長は重い口を開いた。
「・・・わかりました。説得しましょう。」
「商談成立ね。」
にっこり微笑むラリサに対して渋い表情の村長。だが、村人たちの村長に対する視線はほんの少し柔らかいものになっていた。
ここまで狙ってやってるんだったらすごいよな。
内心で思いながら俺も口を開いた。
「で、敵さんはどんなやつなんだ?見たやつはいるのか?」
俺の問いにさっき村長に食って掛かった男が名乗りをあげた。
「俺、知ってる。やたらでかくて牛の顔した化け物だ。」
「牛の・・頭・・?他は?」
なんとなくいやな予感がしたのかラリサの眉間にも皺が寄る。
「体はでっけー人間なんだよ。で、そりゃもう普通のやつの20倍はあるんじゃねえかっつー斧もってた。」
「・・・・。」
「・・・・。」
ラリサと俺は無言で見詰め合った。どうやらラリサも敵さんの正体がわかったらしい。
「ミノタウロス・・ね。」
遺跡や、迷宮などによくいるとされている亜人で、牛の頭にたくましい人間の体を持つ。ちょっと大きな町でなら吟遊詩人が歌にしてたりするから見たことはなくとも知ってるやつはそれなりに多いポピュラーな化け物だ。個体としては雄しか存在せず、人間の女と交わって子孫を残す。だから、人里を襲って人間の女をさらってくるのは良くある話だ。
つまり、村とこういう契約を結んでいる場合、住処はミノタウロスのハーレムとなっている場合が往々にして考えられる。命の保証はされているわけだ。・・・食われてなければ、だが。
こういうとただの色ボケ怪物のようだが、決して楽な相手ではない。相手にはとてつもない怪力が備わっているのだ。
ラリサもそれは知っているようで、ほんの少し表情が引き締まっているのがわかった。
「それで、次の生贄の日はいつなの?」
「明日です。」
・・・おいおい。そりゃあんまり急じゃねえか・・・?
夕方、あたしたちは教えられていた村長さんの家へと向かった。
敵は手ごわい上に準備期間というものがとにかく少ない。娘さんの協力が仰げるとは言え、かなり用心してかからないといけない。
ともあれ、話をしてみないことにはなんとも言えない。あたしたちは村でひときわ大きな村長の家の前に立った。
ドアのノブに手をかけてあたしは手を止めた。
「・・・・!!・・・・・、・・・・・・!!!」
「・・・・、・・・・・・・・!!!!」
中から言い争いをしている声が聞こえる。一人はどうやら村長さんのようだ。相手の声は若い・・女性?
「交渉決裂かな・・?」
後ろでぼそりとつぶやくレオに「しっ」と唇に人差し指を当てて合図し、あたしは鍵のかかっていないドアをそっと開けた。すると、さらに鮮明に会話の内容が聞こえてくる。
「逃げるならお父さん一人で逃げたらいいじゃない!私は絶対いやよ!」
「だってお前・・あんな化け物に××××や××××・・・」
「何でそこしか考えないのよ!!!」
・・・・いたく同感。
「大体あの化け物が来たときも私は一番最初に行くって言ったのに。その日の朝から睡眠薬なんか盛ってくれて大迷惑だったのよ!?」
「あれはお前のためを・・。」
「大体お父さんはせこいのよ!!村のお金でお酒飲んだり趣味の木彫り人形買ったりして!!自分のお金ですればいいのに!!」
いや・・なんかそれは本気でせこい気もしつつ論点がずれてきてるような・・・。
あたしはレオに目配せするとドアを開け放って中に入った。
「こんばんは。約束どおり来たわよ。」
にっこりと微笑みかけるあたしを村長がこわばった顔で見る。少しの間凍りついた時間が流れた後、娘さん・・シェリーさんが玄関先のあたしたちへと歩み寄ってきた。さらさらのプラチナブロンドに緑の瞳。なかなかの美人だ。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へ。私でできることでしたらなんでもお手伝いいたします。」
その瞳には強い意思が宿っている。どうやら彼女は本気で村のことを考えているらしい。
親に似なくて良かった良かった。
「シェリー!!」
村長の叫びを無視してあたしたちは奥の応接間へと通された。
まあ・・親の気持ちもわかるんだけどね。でもこの場合、やっぱりあたしはこの村長さんには同情できない。
あたしたちは応接間のソファに腰掛けた。
「とりあえず・・協力は仰げると思っていいみたいね?」
あたしの質問にシェリーは力強く頷く。
「もちろんです。できる限りのことはお手伝いします。」
「相手は化け物。危険が伴うけど、いい?」
一瞬シェリーはひるんだ。だけど相手は普通の娘さん。この反応は仕方ない。だが、すぐに彼女は頷いた。
「もちろん、大丈夫です。覚悟はできてます。何より、先に生贄になった村の女の子たちのことを思うと自分の身なんか構ってられません。」
いい根性してるじゃない。
その言葉を聞いてあたしはにっこりと微笑んだ。
「そこまで覚悟できてるなら上等。じゃあ、早速話をはじめましょうか。村のはずれの遺跡のことは知ってる?」
あたしの問いにシェリーはにっこりと笑った。
「もちろん。あの遺跡は子供のときから庭みたいに遊んでましたから。」
よしっ!なら案内人は完璧!
子供が遺跡に入るなんて危ないとは思うけど、今はそれが心強い。
「ならあの中は相当詳しいわね。ん?ちょっとまって。・・・ということは、あの遺跡には最近入ってないということ?いつ頃まで入ってたの?」
「そうですね・・。今は結構村のこととかエミリアおば様のお手伝いとかで忙しいので、半年前くらいまでですね。」
半年前・・?
なんとなく引っかかるものを感じつつもあたしは頷いた。
「そかそか。じゃあ、中の見取り図とか良かったら簡単でいいから描いてくれない?」
あたしが差し出した羊皮紙にお嬢さんはかなり詳しい見取り図を描いてくれた。それによると、中は大雑把に3つの広間に分かれていて、奥の一つが一番大きいらしい。
「ありがとう。大体いつも何時ごろに生贄を差し出しにいくの?」
地図をレオと二人で確認して記憶していく。その場に行って地図とにらめっこなんてできないからだ。
「そうですね・・大体夕方頃です。」
シェリーの答えにあたしは頷いた。
「了解。わかったわ。じゃあ明日の昼頃、具体的なことを話しましょ。よろしくね。」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。あの・・ところで・・。」
急に戸惑いがちになったシェリーに立ち上がりかけていた腰をまたソファに落とす。
「何?」
あたしの問いに幾分逡巡してからシェリーは口を開いた。
「あの・・その化け物さんとやら・・退治しちゃうんですか・・?」
「まあ・・そうね。あまり殺したいわけじゃないけど、これ以上村に害をなすなら仕方ないでしょうね。どうして?」
「いえ・・かわいそうだなと思って・・。」
ふーん・・?面白いこというじゃない?
「かわいそう?化け物が?」
あたしの問いにこくりと頷く。
「だって・・・あたしたちと違うというだけで殺されたらかわいそうじゃありません・・?なんとか、生きて逃がしてあげる手とかは・・・。」
こりゃあ・・・よほど優しいのか、それとも・・・。
「まあ、考えてみるわ。その場次第ね。さすがに自分の命が危なくなったら殺さないなんて悠長なこといってられないでしょうし。何せ相手は凶暴かつ怪力のミノタウロスですもの。」
あたしの答えにシェリーの瞳が不安げに揺れた。
「まあ、とにかく、詳しいことは明日ね。お昼過ぎに宿屋にきてくれる?」
「あ・・はい・・・。」
「じゃ、お休みなさい。」
歯切れの悪いシェリーの返事ににっこりと頷いて、あたしたちは村長の家を後にしたのだった。
ちなみに、宿屋の一階で村長が飲んだくれてたけどこれは無視した。
宿の部屋に帰るや否や、あたしは早速着替え始めた。黒い革のパンツに黒いシャツ。黒塗りのハードレザーアーマー。それにブラックジャックとダガーを装備する。
この村についたときあたしたちは部屋を一つしか取らなかった。今更だし、お金がもったいないということもあって。だからここには当然レオもいる。
「下見か?」
レオの声に頷いて髪を上でまとめる。隠密活動には髪はまとめたほうがいいからだ。
「俺も行こうか?」
「入り口までお願い。中は一人の方が身軽でいいから。」
「おっけ。」
こういうときレオは話が早くて助かる。心配だなんだと言ってあたしの行動を阻害しようとはしないから。それだけ信用されてるってことなのか、それともあくまで個人主義なのかは謎だけど。
それでもこっちのほうが楽でいい。あたしもそう思ってるからうまくいってるんだと思う。
そして、あたしたちはこっそりと宿を出た。
遺跡までの道はすぐにわかった。村の裏手がちょっとした森のようになっている。そこを少し分け入っていくとすぐに石造りの祠のようなものが見えた。それは決して小さくはない。それはそうだろう。ミノタウロスが通れるくらいだ。そう小さくてはお話にならない。もともとはついていたのだろう石の扉は時に淘汰されて岩となってそばに倒れていた。
闇の中、その遺跡はぽっかりと不気味に口をあけていた。
「『ライティング』」
弱い魔法の明かりを人差し指の先にともす。拳を握れば光は隠れる寸法だ。
「じゃあ、行って来るわ。」
微笑んで言うあたしの髪にレオの指が触れる。
「おう、気をつけてな。」
「レオもね。じゃ。」
やだな。こういうの。
口に出して心配されるよりキちゃう。
苦笑を浮かべてあたしは遺跡へと向かった。念のためにざっと入り口を調べる。当然だが罠はない。
一歩中に足を踏み入れる。しばらくはまっすぐな道が続いているはずだ。
奥へと進んでいくと、所々にたいまつがともり始める。一体誰がつけているというのだろう。
ミノタウロスにも人並みの知能はあるということだろうか。
やがて道は奥で二股に分かれる。足元に視線を落とし、足跡の類が確認できないかを調べる。右のほうが埃がよけられている。つまり、使う頻度が高いということだ。
「・・・『インヴィジブルシェイプ』」
唱えた呪文に呼応してあたしの姿は周りのものには見えなくなる。この呪文、便利だがとにかく集中力が必要で、あたしもあまり使いたくない呪文だったりする。
・・・注意力散漫って言うな!
まずは左のほうに向かう。少し曲がりくねった道の先に大きな扉。古代遺跡の扉はとにかく頑丈で、この扉も風化した気配もない。
まずは扉の向こうの気配を探る。
「・・・・。」
かなり静かな様子に、あたしはまず鍵穴の類がないかどうかを探る。・・まあ、覗きこんだ途端に毒針が飛び出したりもするからあれなんだけど。
鍵穴の類はなし。あたしは、意を決して細く重い石の扉を開けた。
・・・くそおもっ。やっぱレオが必要だったかしら・・。
心の内で毒づきながら針ほどに細くドアを開ける。すると中から光が漏れ出した。そのままそっと中をのぞきこむ。
「誰も・・いない・・わね・・。」
中は石造りのかなり大きな部屋になっている。だけど、がらんどうの四角い部屋があるだけで他には何もない。
「・・・。」
あたしはもと来た道を引き返した。そして入り口への分岐をスルーして今度は右に向かう。やはり同じような石造りの頑丈なドア。ドアの向こうを探るけど何も感じられない。やっぱり細く扉を開けた。
「・・・!」
そこは両側の壁に格子がついた扉を備えた廊下だった。まっすぐな廊下の先にはやはり扉がある。するりと中に入り込み、格子から中を覗くと全裸の女の子たちが捕らえられているのがわかった。
逃がしてやれないかしら・・。
急いでドアを調べるけど、どうやらこのドアは重みそのものが鍵になっているらしい。レオがいないとだめだ。悔しいけど居場所がわかっただけでもよしとするか。
すすり泣く女の子たちの声に後ろ髪を惹かれるような思いであたしは廊下の向こうのドアへと向かった。地図に寄れば、この隣は隣接して大きな部屋があるはずだった。耳をドアに押し当てると低い獣の唸り声が聞こえる。
ビンゴ。
ゆっくりと、慎重に扉を開く。
そしてあたしは見た。中の光景を。
思わず我を忘れてしまいそうなほどのその光景を。
そして続く。
鬼?(笑)