ご主人様と私
文:彩音
画:がそんみほ様
「17分58秒の遅れだ」
その宣告に思わず立ち止まったあたしの前でワゴンに乗った茶器がかちゃりと音を立てた。
ここで怒ってはいけない。冷静に、冷静に。
「申し訳ありません。貴斗様においしいお茶を、と思いましたら時間がかかってしまいまして」
「メイドが殊勝なことを言ったら疑えとおじい様の遺言があってね。まみあ、毒見しなさい」
「毒っ……!? そんなまさか」
そりゃ入れたいけどさっ。入れたいけど大人はしないんだいっ。
とにかく、さっさと置いて出るに限る。……出させてもらえれば、の話だけれど。
思い切り引きつった顔で紅茶をカップに注ぐとあたしは貴斗が寄りかかるように腰掛けているマホガニーの机の上にそのカップを置いた。このお坊ちゃまは砂糖もミルクもレモンも入れない。フォートナムアンドメイスンのロイヤルブレンドをストレートで、がお気に入りなのだ。
カップを置いて下がろうとしたあたしの腕を貴斗が掴んだ。
「聞こえなかったのか? 僕は毒見をしろと言ったんだ」
んもう、しつこい。
「貴斗様、冗談はおやめください。あたしが毒なんて仕込むわけないじゃありませんか」
「いつもは僕に食って掛かる君がやけにしおらしいからね。疑ってもおかしくないだろう?」
……あー、そうですか。
そっちがその気ならわかったわよ。
あたしは黙って机の上のカップを手に取った。毒味用のカップなんて持ってきてないからこれから飲むしかない。そのままくい、と一口飲んだ。当然、何の変化が現れるわけもない。
「ほらね。毒なんて入ってませんよ。じゃあ、あたし、失礼します」
勝ち誇ってカップを置いたあたしの腕をまだ貴斗は放そうとしない。