ご主人様と私
文:彩音
画:がそんみほ様
「あの、貴斗様?」
「気に食わないなあ」
「はぁ?」
掴んでいた手を放し、あたしが置いたカップをそのまま口に運びながら貴斗はなんとも訝しげな顔であたしを見ていた。
そんな顔したいの、こっちの方だって。
「何がです?」
「自分が遅れたくせにその居丈高な態度が気に食わないと言ってるんだよ」
あんたには負けるわよ。
あたしなんか、腰が低い方だってば。
「とんでもない。あたし、ちゃんと謝りましたし」
「何で遅れたんだったかな?」
「ホームルームが……」
「僕よりホームルームが優先だったわけか。それも気に食わない」
「そんな無茶言わないでくださいっ」
なんなのよ、この駄々っ子みたいな展開はっ。
半ば呆れ気味のあたしなんか気にもとめず、貴斗はそのきれいな顔をずい、と近づけた。
いや、だから。
……それには弱いんだってば。
ま、負けないけどっ。
「な、なんでしょうか?」
「君は僕のものだからね。主人に対する態度や口のきき方と言うものを勉強しなきゃいけない」
あたしはものじゃないってばっ。
「あたし、ちゃんとやってますっ」
「ほら、口答えなんかしていけないメイドだ。ちょっと教育が必要だな」
教育って何よ、教育って。
中野江さんのメイド教育ならもう、頭痛くなるくらい受けたわよっ。
あの涙が出てきそうなほどの厳しさを思い出して後ずさりしかけたあたしの腰を貴斗が抱いた。
って、へ? 腰?
「きゃあっ、何するのよ! セクハラじゃないのっ!」
「セクハラ? 僕が僕のものに何をしようと自由だろ」
「ちょっと待って、あたしにだって人権は……っんーーーーーっ!?」
「うるさいよ、ちょっと黙って」
黙ってって。
黙ってって。
だからって猿轡噛ますってどうなのよーっ!?
半ばパニックに陥ったあたしの体がふわりと浮いた。
「え、ええっ!?」
「まみあ、もう少し痩せなさい。重いよ」
ほっといてよっ。
重いなら下ろしてよっ。
人間不思議なもので、口を塞がれただけでどこか不自由に感じてしまう。
……後から考えれば手は自由なわけで、自分で解けば済んだわけだけど。でも、このときはもう、パニックでそんなこと、思いもつかない。
あたしはあっという間に貴斗の大きな椅子に座らされてしまった。貴斗の長い指がマホガニーの机の引出しを開けた。内蔵されているボタンを押せばこの部屋には鍵がかかってしまう仕掛け。
か、鍵……?
鍵掛けて、一体何するって言うの……?